特集 2014年6月15日

書き出し小説大賞・第50回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第50回である。

先日行われた「第二回・書き出し小説大賞授賞式」も大盛況のうちに終わり、しかも、今秋には待望の書籍化が決定!しかも版元は新潮社という、実にお目出た続きの書き出し小説。
今回は授賞式もあり、前回から割と期間が空いてしまったので、いつもより多めに採用しております。
それではめくるめく書き出しの世界を、たっぷりご堪能いただきたい。

書き出し自由部門

牛の部位の絵で手術の説明をされた。
もんぜん
しかも示されたのか第二胃袋。
万引きで捕まり極論できりぬけた。
TOKUNAGA
そもそも両手が自由になったのは二足歩行のせいで……
小さい頃に、通り雨と晴天の境を見たことがあって、随分長い間、あれが梅雨前線なのだろうと信じていた。
イセグチ
記憶の隅をつくノスタルジックな秀作。
「あなた、今朝、網戸外れたでしょ」ゆっくりと水晶玉から顔を上げ、占い師は僕にそう告げた。
哲ロマ
分かります?(網戸を持ったまま)
羽毛が片寄って布で寝ている。
xissa
今朝そうでした。
人魚は、自らの美しい声と引き換えに、商店街の福引券を一枚手に入れた。
おかめちゃん
ハンディカラオケが当たった。
鬼の形相で駆け寄って来たコンビニ店員のカラーボールにやさしくサインした。
g-udon
募金箱の隣に飾られてた。
恐らくこの中に武田が隠れている。こみ上げてくる笑いを抑えつつ、圧力鍋の蓋を開ける。
ろげん
死亡フラグ。
誰も住んでいない上のベランダから、ゆっくりとスライムが垂れてきた。
大伴
続いてバネのおもちゃも。
受け身を取らない方が悪い、だから私は悪くない。バルコニーを後にした。
ウチボリ
ロミオ「危ない!ジュリエット!」
やっと空を飛べるようになったが、僕のような新参者は室内でしか飛んではいけないのだ。
りずむ原きざむ
引っ掛かったバレーボール取って!
眼鏡を外すと、無機質な夜景はロマンティックにぼやけた。
KOB
かに道楽はファンシーに。
千年経っても私の日記が教科書の教材で使われているとわかっていたら、あんなことは書かなかったのに。十二単が、少し重い。
おかめちゃん
文末の「十二単が~」が効いている。
狐火躍る休耕田の前で、呑気な馬鹿と深刻な阿呆がバスを待っていた。
イセグチ
ネコバスは来ない。
靴を片方だけ売っているような路肩の露天商達を自転車に乗った小学生は知らん顔して、駆けていく。このごろ僕は手始めにこの街から革命を起こそうと考えている。
まりっか
まずは駅前の自転車整理からだ。
小さい缶に大豆を詰め込み、坂道から落とす。罪悪感で足の裏が痒くなる。
ボーフラ
音を想像するとたしかに痒い!
リサイクルショップで、黒檀のよう出来たテーブル見つけたんやけど、家のテーブルもそら気に入っとるし、そん時はまあええわ思て、今日もっかい寄ったら売却済やった、みたいな妙な心持なんやけど、聞いてないなら関西弁やめよか。
義ん母
衝撃のラスト!
僕の企画書は、その場で刻まれ酋長の煙草にされた。
義ん母
その煙を吹きかけられた。
折紙の手裏剣を手にした可愛らしい忍者が駆けてきて、瞬く間に二人殺った。
suzukishika
音の鳴る靴が遠ざかっている。
大盛り券を貰って喜んでいた。それを所持しているだけでは何も食べられないのに。
柴咲ハコ
え?これが虚数ってヤツ?
赤鬼が青ざめると紫になるという話を赤ら顔の青鬼から聞いた。
g-udon
どっちもどっち。
迂闊だった。褒め上手を敵に回すとどうなるか、ちょっと考えれば分かったはずじゃないか。
Mch
社会人への啓発も含んだ秀作。
姉が作り過ぎた山積みのかき揚げが、湿気を吸ってくれてよかった。
人が生きてる
下駄箱にもかき揚げを。
少女は希望に満ちた足取りで次の一歩を踏み出す日を待った。僕はその体が、地面に叩き付けられる日を待った。
夏猫
アイドルとファンの深層心理にもとれる。
長いアーケードの中腹あたりで気づく、今更すごすごと傘を畳むなんて恥ずかしくて出来なかった。
人が生きてる
じわじわすぼめてゆく。
戦場に届いた妻子の写真に隣の馬鹿息子が見切れている。
TOKUNAGA
走馬燈にも出てきやがった!
魔女の国の古い諺で「海に浮かぶ坂だらけの街に喜んで住むのは魔女だけ」というものがある。
prefab
魔女の諺集、読んでみたい。
海を背にした階段で、やせっぽちの少年に追い抜かれた。
xissa
ひと足早い夏。

常連組の「らしい」秀作、新人組のフレッシュな作品(とくにMch氏の作品はどれも秀作でした)を織り交ぜての採用。今回は50回の節目なので、いままでの連載から見え始めた書き出し小説、傾向と対策について簡単に述べよう。

まず書き出し小説はもともと、物語の書き出しのみから、その続きを想像させるという企画だったが、連載を重ねるうちに、書き出しそのものへのこだわりは薄まりつつある。
もちろん基本は前述の通りで、いまなお、出来の良い正統派書き出し作品はもっとも尊重されている。ただそれには飽き足らない作家たちによって、一概に書き出しとは言えない、ネタもの、それだけで作品として完結している1行小説、現代短歌風のものなど、ジャンルは広がっている。ぶっちゃけて言えば現在の書き出し小説は、読み手の心を揺さぶる短文ならなんでもあり、なのだ。
ただ、ここで抑えて置いて欲しいポイントはふたつ。

ひとつは「作品の中に物語が含まれているか」。ちゃんとしたストーリーというわけではなくとも、その背景になんらかの世界観、キャラクターの個性が透けて見えるものが好ましい。ネタものがただのネタに終わるか、作品に昇格するかはそこで区別される。(とは言いつつ、出来のいいネタものは勢いで選んでしまう場合もあるが……)

もうひとつは「読み手に開かれているか」。書き出し小説は、書き手と読み手の共犯関係の上に成り立つ。書かれていない物語の続き、あるいはディテールをどう読み手に想像させるかを意識して欲しい。
せっかくの作品もオチまで書ききってしまったり、必要以上に修飾した文章は読者に想像の余地を与えない。作品を書いているとどうしてもこの一線を越えたくなってしまうが、そこはぐっと我慢して、読者に勇気ある譲歩をして欲しい。またそれによって作品自体もさらに推敲され洗練されるのではないだろうか。

以上に留意し、今後とも素晴らしい作品を量産いただきたい。新人さんの参加も待ってます!

それでは規定部門。今回のモチーフは「父」であった。書き出し作家による現代の父親像がここに出揃った。

規定部門・モチーフ「父」

父がこんなにもトリックアートではしゃぐとは思わなかった。
哲ロマ
そんな父の顔はだまし絵に似ている。
液体に浸けられた父の入れ歯が無言でぼくを説き伏せた。
大伴
となりで義眼がにらんでる。
荷台の無い軽トラックに乗った、父が帰ってきた。
TOKUNAGA
母は一輪バイクで。
父の尊敬できるところ。息子の誇れるところ。せーの、で言い合った。
紀野珍
一個もねえ!
父がモノにするころ、その一発ギャグは旬を終えるが、アレンジを加えられたものがしばらく生き続ける。
紀野珍
「あたりまえ体操」が「当然の帰結」体操へ。
「しばらくあっちに行ってなさい」家電屋で値切り交渉をする前に、父は私達を遠ざける。
山本ゆうご
背後で土下座の音が。
娘はやらんと気色ばむ彼を、落としてみたいと強く思った。
suzukishika
結婚申し込みの婿目線という技アリ秀作。
おとついの出がらしで今朝の茶を入れる。披露宴の招待状が開封されぬまま食卓にある。
大伴
渋い。前半の状況描写も効いてる。
他の家族がいないとき、父は、誰もいません、と電話を切っているらしい。
xissa
哀しい。でもリアリティあり。
父の背中を見て育って、兄は組を継ぎ、私は彫り師になった。
よしおう
極道エリート一家。
父の背中にはヨセミテ公園の地図がプリントされていた。背中からは、それしか学べなかった。
DON
Tシャツの背中と言えばあとヤンキーのポエムみたいなのもあるよね。
フリー素材の中で父は、誰よりも幸せそうにモデルの子供を肩車していた。
アイアイ
PCにエロ履歴しかない父が。
父から教わったこと。狼に囲まれた時の対処の仕方、空腹紛らわす方法、いちじくの木は登れないということ等。
山本ゆうご
あと、吹き矢は吸うな。
父の出家の話は、ちゃかすだけちゃかされてうやむやになった。
xissa
家族ならではのチームプレイ。
声を掛けてきた男の会計を済ませると、私はできるだけぎこちなく、電話番号を書いたコースターを差し出した。父の携帯は今夜も鳴りやまない。
Mch
頼られてるっちゃ頼られてるか。父娘の機微が現れた秀作。
渚に打ち上げられた父親は見知らぬネクタイを締めていた。
ahio
ネクタイかと思ったら海藻だった。
早く起きてよ、と父の肩をゆすった。木の棺が少しだけ揺れてそれだけだった。
m_k改めえむけい
鼻の綿もかたっぽ取れた。
妻が死んで誰にも使われなくなったコンディショナーを、栄一郎は乏しくなり始めた頭に塗り込んだ。
峰岡スプリング
妻はこの胸と毛根に生きている。
父さんの死よりも、未完成の遺作の方が惜しまれているようで、それを誇りに思うには、自分はまだ幼かった。
イセグチ
作家か、音楽家か。エロゲー作家かもしれない。
神様お願い。右の人にして。優希は祈るような想いでDNA鑑定の結果を待った。
もんぜん
左の人が超気になる。
父の高い高いは落下時、私の内臓に寒さと違和感を走らせた。私はその度に滑稽な顔になってしまうのだ。
粉すけ
はじめてジェットコースターに乗ったときのデジャブはこれ。
父の遺品はすべて二つセットだった。心配性な父は予備を買っておく癖があった。有楽町で私そっくりな人に出会った。
山本ゆうご
少し不思議。
「ほら、な。」摘んで放したオヤジの手の甲には、張りを失った皮膚が作るひと筋の山が残ったままだった。
CUBE
一週間後のいまも残っている。
「俺に似てきたな」そう呟いた父は、自分のお腹と妊娠四ヶ月目となる私のお腹を交互に見て、嬉しそうに笑った。
みをる
読後感ほっこりの秀作。
父は熱いパウチをつまんで、茹ですぎのパスタにレトルトのソースをかけた。それが今日の私の晩御飯だ。
高田
パウチをつまむリアリティ。
「ケンカの仕方を教えて下さい…」脱脂綿を詰め終えた父は、僕に鼻声でそう言った。
菅原 aka $UZY
今回最弱の父。
廊下で寝る、と父は言う。野良猫を見張るために。翌朝、父は官憲に連れられていった。
ボーフラ
いきなり出てきた「官憲」に意表を突かれました。
キャッチャーの出したサインはカーブだった。俺はうなづいて父を放り投げた。
tkq
結果は場外ファール。
新しい父に初めて叱られた。僕の頬を往復ビンタしていった骨付きチキンは、今タンドールでじっくり焼かれているところだ。
むちむちぷー子
さあ、このナンで涙を拭いて。

応募作を通してやはり父親の基本属性は「哀愁」に尽きるという感じがした。それを自虐に捉えるか、可愛く捉えるか(これ、結構多かった)ギャグに捉えるか、そこにさまざまな作家性が出る。しかし思ったより冷酷なだけの作品は少なく、ネタものにしてもそこにはどことなく温かい目が感じられる。
中にはよしおう氏の作品、イセグチ氏の作品、など頼もしい父親像もある。むちむちぷー子氏の父はやはりインド人だろうか。suzukishika氏、粉すけ氏の作品は視点の妙でうならさせる秀作であった。
全体を通読すると、なぜか全国の父親を応援したくなる。「がんばって!お父さん!」

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「私小説」
日本文学の伝統芸能、私小説が次回のモチーフ。人称は一人称縛りでお願いします。(人称がないパターンでもオッケーです)私小説と言えど、実際に自分のことを書く必要はない。実際の私小説がそうであるように、私小説は語り手が「私」という語り手を演じる。理想の私、最低の私、異性の私などなど、さまざまな「私」に扮して取り組んで頂きたい。ただ、私小説のキモはリアリティと観察眼だと思うので、どんな「私」を演じるにしろ、そのへんを意識するとクオリティが上がるのではないだろうか。いつもにも増した「文学っぽい」作品を期待します。

締め切りは6月27日正午、発表は同月30日を予定している。以下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択して応募されたし!力作待ってます。
最終選考通過者

あだんそん/HSKN/うにねこ/えむ毛/わつ/かきお/小夜子/不眠/たけなかけんた/ねねね/しどろもどろ/花カマキリ/kjm/らい麦。/植木稀有/トモ/イワモト/3本そろう!/ysudo/とらバーム/なめたけ/ゴロ/憂/カズタカ/ミミズグチュグチュ/ロシアンダイバー/くまちゃん/もけもけ/真夏のコタツ/銀魚/北関節/おかゆと高校生/つぐる/(検閲により削除)/流し目髑髏/悠里の父/りんりんりんご

DPZ 第二回 書き出し小説大賞授賞式

去る5月24日、大盛況のうちに幕を閉じた「第二回・書き出し小説大賞授賞式」のご報告です。
前回から11ヶ月ぶりの授賞式。今回も激選を抜いた60作品がノミネート。審査委員は私、天久聖一、林雄司氏、しまおまほ嬢、そして前回飛び入り参加してくれた芥川&大江健三郎賞作家、長嶋有先生が、今回は正式審査員として参加してくれました。

会場は開演前から、書き出し作家のみなさんの交流がはじまり大盛り上がり。もうみなさんツイッターなどでちゃんとつながってるんですねえ。うれしいことです。そんなわけで和やかムードではじまった授賞式。今回も劇団野鳩所属、佐伯さち子嬢の味わい深い朗読で、プロジェクターに投影された作品が次々と紹介されました。
普段は横書きの作品も、縦書き明朝で表示されると一段と深みが出ます。作品が紹介されるたびに会場は感嘆、そして爆笑。審査員のみなさんも一緒に作品を楽しみつつ、的確なコメントで会場をうならせ、いやはや、すごく心地よい時間をいただきました。感謝!
!
それにしても今回はノミネート作の選出に苦労しました。作品のレベルが本当に上がってるので。書き出し小説がひとつのジャンルとして成熟しているなとあらためて実感しました。今後はまたさらにレベルも上がってくるだろうと思いますが、技巧と洗練だけに向かうのではなく、書き出し小説の持つわくわく感と単純は楽しさは、きっちりキープしていきたいなと思ってます。

あとはやっぱり作家のみなさん、そして読者のみなさんのつながりがうれしかったですねえ。みなさんさまざまな年齢、職業の方ですが、投稿作品を通してこういう出会いのきっかけをつくれたことが、この企画の最大の功績かもしれません。

イベント中にも発表しましたが、今年は念願の書籍化も叶います。書き出し小説の輪がさらに広がり、新しい作家の方々、ファンの方々を増やしていけたらなと思ってます。愉しんでいただけるようがんばります。それでは第三回の授賞式でまた、お会いしましょう!

書き出し小説最優秀賞

猿がむやみに振り回す懐中電灯に照らされ、豚は人の様に眩しい目つきになった。
人が生きてる(自由部門)

書き出しラヴァーズ賞

深夜、ストリートビューで佐々木さんの家へと向かった。
TOKUNAGA(規定部門・中学生)

天久聖一賞

もう会えない人にあやまりたいときは、どうしたらいいんだろう。
xissa(規定部門・怪談)

林雄司賞

「そん話、ちっとおがしぐねえが?」声のしたほうを見上げると、祖父が逆さの状態で木を滑りおりてきた。
紀野珍(自由部門)

長嶋有賞

プールに浮かぶ月は彼女のバタ足にゆらゆらと揺れた。
夏猫(自由部門)

しまお賞

ブルーシートをめくるたびに被害者はさまざまな表情に変わり、二十一回目で最初の状態に戻った。
大伴(自由部門)
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