特集 2014年5月11日

書き出し小説大賞・第48回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第四十八回である。

さて、いよいよ第二回書き出し小説大賞授賞式が今月24日に迫った。
今回も厳選された秀作が可憐なる朗読嬢によって読み上げられ、栄えある各賞が豪華審査員によって選ばれる。審査員は前回に引き続き私、天久聖一、林雄司氏、しまおまほ氏、さらになんと芥川賞作家であり、大江健三郎賞作家であり、書き出し小説入選作家である長嶋有氏が正式参加。

今回もまたウイットに富んだ格調高いトークが繰り広げられるだろう。イベント終了後は恒例の歓談タイムもあり。また当日はSTAP細胞を上回る重大ニュースも発表できそうである。書き出し小説家の諸君はもちろんのこと、ファンのみなさまも、是非この歴史的一夜にご参加いただきたい。
それでは今回の秀作を発表しよう。

書き出し自由部門

ゲートボールの音が響き、自販機からは違うジュースが出てきた。
大伴
見たこともないメーカーのコーラが。
私の名は逆輸入され、隠語として使われるようになった。
右フックおじさん
「分かりやすいカツラ」という意味の。
電子マネーのことを考える時、僕は、小さい頃宇宙のことを考えて眠れなくなった夜のように不安になる。
哲ロマ
無限に飛び交う一円硬貨。
両手に買い物袋を下げた母を後ろに従え、男児は得意気に玄関の鍵を回す。
人が生きてる
微笑ましい。
天女はテトラポッドから三度の助走の末、ようやく天に舞い戻った。
HSKN
フナムシを踏んで。
千鳥足の集団の足並みはいつの間にか揃い、商店街のスピーカーからはバキバキのエレクトロが流れ始めた。
HSKN
足並みはいつしか北朝鮮の軍隊のように……
村長選は、夜這いの風習を守ろうとする保守派と、養豚場を潰してラブホテルを建設しようとする革新派の一騎打ちとなった。
イワモト
保守派に一票。
復讐者達とは、鉄男、破留苦、強力雷神、鷹目、黒後家らを米国主将が束ねる、漫画的英雄団体である。
よしおう
このメンバー、アメコミ調のイラストで見たい!
人ん家の軒先から切り分けたアロエがすっかり大きくなって、玄関を覆った。
ハラセン
柄杓でヨーグルト掛けたい。
じいちゃんが傘の柄のほうで地図を指すので、行き先がほとんどわからない。
xissa
「範囲」しか分からない……。
前を向くと、つり革に掴まっているおじさんのおへそしか見えない。
もんぜん
セーラー服おじさんの。
死後、彼の物真似は評価された。
紀野珍
遺影もモノマネ。
端から端まで倒れた自転車ドミノの中ほどに、僕は組み込まれていた。
紀野珍
スポーク越しの星がきれいだ。
彼女は雨を愛したけれど、曇り空は嫌いだったから、ここはいつも天気雨だ。
新品の畳
ほら、虹が。
桃をもいで酒と交換し、半分飲んだところで残りを焼き鳥一串と換え、迎えに来た犬にひとつやり、竹串を咥えたまま帰る。
xissa
ここから故事が生まれそう。
女の目の前で内ポケットから出てきた半券を、男は眉ひとつ動かさずにむしゃむしゃと食べた。
suzukishika
もう会場へは戻れない。
春雨の只中、期待した君の影は無く、道端に出来た小川が、静かに砂利のツブを磨いていた。
merumo
砂利の輝きまで目に浮かぶ。
通話中、背後から携帯を奪った猿は、彼女の声と共に茂みの中へと消えた。
TOKUNAGA
彼女は気づかずアメトークの話を……。

書き出しとはつまり、その物語の扉を開けて目に飛び込んでくる最初の風景である。そこで読者は瞬時に現実から切り離され、物語世界に没入する。よって書き手はまず、読者にどんな風景を見せるかに腐心せねばならない。

大伴氏の作品が最初に目にする缶ジュース、人か生きてる氏の親子、HSKN氏の天女、もんぜん氏のおへそ、新品の畳氏の空模様、ハラセン氏のアロエ、suzukishika氏の男、merumo氏の見つめる砂利、TOKUNAGA氏の茂みの消える猿は、印象的なビジュアルで読者の視界をそれまでの現実と一変させる。
また書き出しとはつまり、物語の初期設定である。読者はそこで架空世界の基本ルールを学び取る。右フックおじさん氏の名にまつわる現状、イワモト氏の政治状況、よしおう氏のメンバー紹介、xissa氏の交換条件などは、一読してそこが現実とは異なるルールに支配された世界であることを理解させる。
さらに書き出しとはつまり、語り手の思弁そのものである。哲ロマ氏の宇宙観によって、読者は語り手の思想と同化する。

このように書き出しとはさまざまな機能を駆使しながら、読者を物語世界へ誘う。作品そのものの鑑賞とは別に、その書き出しがどのような意図を持ち書かれているかを読み解くのも面白いだろう。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「鬱」であった。重いテーマでありながら、各作品にはどこか突き抜けた軽やかさがある。読むと逆に元気になれる書き出し作家の鬱文学を紹介しよう。

規定部門・モチーフ「鬱」

山頂で深呼吸のような溜め息をした。
TOKUNAGA
なんて新鮮なため息。
文鳥の巣には冷えた卵だけが2つ、じっとそこにあった。
アサガヲ
沈黙の無精卵。
気晴らしに、と私を連れ出した父は鹿を轢いた。
マッドまっすぐ
ヘッドライトに浮かぶ鹿。
上司がどこの国の人だかわからないまま、歓迎会が始まった。
おかめちゃん
いきなりメッカに向かって祈りだした。
小さな蝶すら、むかついた。
大伴
シジミチョウうざい!
五月の握手会が終われば死ぬつもりだった私に、ツーショット水着撮影会の知らせが届いた。
TOKUNAGA
もう少し生きてみよう。
洗面所で踏んだ水滴は、会社に着いてからも私の靴下を湿らせていた。
大伴
これは苛々~~!
金のなる木に金はならないし、不幸の実は勝手に育ってゆく。
おかめちゃん
その実が脳天を直撃。
どうにかして悲しみの元を絶たなければ、と思い、キッと排水溝を睨みつけた。
g-udon
抜け毛の絡みまくった排水溝を。
ふと気になってささくれを剥く。切れない。指を通過し手首まで来た。
ぽぺすく
そのままCDのセロファンみたいに体を一周。
鈍い痛みと脱力感の中で、悩みや不安が、赤く染まるのバスタブの中に溶け出すのをぼんやりと感じていた。
おかゆと高校生
そうなる前にお医者さんへ!
赤いジャケットを着た加山雄三の胸のエンブレムが「鬱」という字に見えた。
みりん
そのエンブレム欲しい(笑)
木目に睨まれた妻は怯え、それを笑う息子の頬は叩けなかった。
義ん母
ノイローゼぶりが深刻な秀作。
テレビをつけると、子どもタレントが鬱病の正体とその学校でのごまかし方について解説していた。
koki
子役の経験値たるや。
まるで沖縄の市場でサングラスを掛けさせられている豚の首のような気分だ。
タカラ
なんくるないさ……ふぅ。
冷めたコーヒーに角砂糖を溶かしているうちに夜が明けた。
小夜子
手首も疲れた。
死ねない君を0と1で励まし、僕はまた電気信号の互換をはかった。
kK
あとLINEの面白スタンプでも励ましたい。
女子高生だらけの甘いもの屋でばかな名前のパフェ3個も注文すりゃ鬱なんて治る、と兄は言う。
xissa
技の名前みたいなパフェあるよね。
見つめられ続けた金魚は飼って三日で死んでしまった。
xissa
藻で真緑の水槽の中で。
立て掛けた旅荷が崩れ、勢い硝子戸が割れた。倫敦から帰ってきた寒い朝の、乾いた土間。
ボーフラ
倫敦留学を終えた漱石だろうか。渋い。
主人が出社していないと会社から電話があった。五月晴れの庭に、六日の菖蒲が揺れている。
merumo
一読でドラマと情景が浮かぶ大人な秀作。
クラスメイト全員がSPと知り、お嬢様は深く溜息をついた。
流し目髑髏
全員屈強。
義母に言わせれば、鬱とは想像と違って、日がな一日、祭りの中に放り込まれて、母親を探し続ける気分。なのだそうである。
ぬぷぴろ
見世物小屋の看板に怯えながら。
気まぐれに錠剤を舐め続けてみた。苦味が舌に広がる。私を支える、苦味が。
megahiro
中毒は生きる糧。
君のそれは鬱ではない。筋肉痛だ。
哲ロマ
バンテリンで治る!

文学の原動力は決してポジティブ志向にあるのではく、むしろネガティブな志向にある。第一そんな生きてて楽しい人間がじっと机に向かえるはずがない。しかしネガティブ過ぎるとまた机に向かう気も起きないだろう。応募作には鬱でありながらその底流には躁も感じる作品が多かった。

TOKUNAGA氏の両作には鬱ながら行動的というしぶとい若者が描かれている。おかめちゃん氏、大伴氏、みりん氏の鬱ネタには癒された。アサガヲ氏のモノクロームな感覚、義ん母氏のノイローゼ感は鬱の心象を見事に描いた。ボーフラ氏、merumo氏の作品は静かなドラマの始まりを感じさせ、本格文学な手触りさえある。哲ロマ氏の作品は最期を飾るオチにぴったりであった。またマッドまっすぐ氏、kK氏の作品は続きもあったが、この書き出し部分のみで充分完成されていると判断し、後半を割愛させていただいた。

重いテーマにどう肉薄するか、あるいは距離を置くかに作家の個性が垣間見え面白かった。そういえば以前、他の企画で「鬱の友人を『がんばって!』以外の言葉で励ます」というお題を募集したことがある。そのとき印象に残ったネタをみなさまへお伝えしたい。「ウツかれさまでした!」

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「変態」
今回のモチーフをドン引き覚悟で「変態」とした。しかしこれも文学においては欠かすことのできない重要モチーフである。三島由紀夫しかり谷崎潤一郎しかり、江戸川乱歩作品、沼正三の「家畜人ヤプー」など、突き抜けた倒錯は一転、耽美で豊潤な文学になりえる。また隠された性的趣向は人間の多様性と複雑な内面を表現しうる。どんな性癖も紙の上なら許される。小説とは内面の告白であり、露出である。もっともあまりに正直に告白されても困るが、そこをどう鋭く、また豊かに表現できるかに、真の変態が試される。どうか己の変態性を臆せず作品に昇華してほしい。

締め切りは5月23日正午、発表は5月25日を予定している。下記の応募フォームで自由部門、規定部門を選択して投稿して欲しい。力作待ってます!
かがみきらい/NCハマー/サーヤ/とらバーム/Hal/ゴロ/らい麦。/粉すけ/ウウタルレロ/あんそん/みをる/ナツミリー/ナホトカ/菅原 aka $UZY/憂/エレベスト/トンボさん/wabisuke/ねもっ血風クン/かきお/prefab/megahiro/Akeey/me/うをりんぐ/
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