特集 2014年6月29日

書き出し小説大賞・第51回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第五十一回目である。

毎日熱戦が繰り広げられるワールドカップ、日本は残念ながら予選リーグ敗退が決まった。ところでサッカーを観ていていつもマヌケだなと思うのが、フリーキックのとき選手がつくる壁である。選手たちはみな必死な形相で、でも股間はボールから守るため抑えている。日常生活であんな股間を抑えた男たちに一斉に睨まれることがあるのだろうか。すべては真剣勝負とサッカーのルールから生まれた必然的行為である。
書き出し小説は書き出しだけというルールのもと、みな真剣に取り組んでいる。これも端から見ればずいぶん奇異な行為に映るかもしれない。

書き出し自由部門

近所に立つと見慣れた景色が広がる。
TOKUNAGA
なんの発見もない一文が妙に心をとらえる。
ミーミーと子猫の鳴き声がしたので下宿の窓を開けると、砂利運搬車がただただ慎重にバックしているだけだった。
g-udon
テールランプに照らされる下宿のカーテンまで浮かんでくる。
委員長は壇上から紗知子に告白した。拡声器の声は割れていた。
ウチボリ
しかも主語が「我々」だった。
朝から暑いからNHK付けたけど、高校野球まだやって無かった。
ハラセン
なんの予定もない夏の感じがよく出てます。
七対子の一向聴からの遠さに嫌気が差しセブンスターに火を付けた。
まりっか
麻雀用語のセレクトにこだわりを感じる。
「詩集は燃やすためにある」という名前で投稿されるホテルのクチコミは飲み物の冷たさしか語らない。
松っこ
ラブホは冷蔵庫を開けるまでがMAX。
鈴居は千の言い訳を駆使して美しく酒に飲まれ続けた。
suzukishika
カラオケは「千の風に乗って」。
ロボットはもう動かなかったが、灯台の明かりが届くたび、彼の影が薄暗い部屋を走った。
Mch
昼は日照権侵害。
回転寿司チェーンの前、空腹の少年はつづら折りのスロープから生えた手すりを鉄棒に見立て、そこで初めて逆上がりを成功させた。
人が生きてる
日曜の行列待ちかな。設定のデティールが秀逸。
強引に腹で折り畳み傘を縮める様子は切腹のようにも見えた。
HSKN
コウモリ傘で介錯したい。
右手を戸袋に挟まれたので、左手で「電車 戸袋 対処法」を検索した。
g-udon
マヌケからの、COOL!
夕まぐれの言問橋、浴衣の力士ふたりが、押した押してないで揉めていた。
紀野珍
下をくぐるポンポン船から見上げたい。
昔から事芸術や文芸を愛する物が集まる場所には「ミューズ」な女性がいると相場が決まっている。それは美人であるかとか、技術が凄いとか、そういう物ではなく、ただ周りの人間を巻き込んで離さない、台風のような女性がいる、という事なのだ。
prefab
たしかにいる。薬用じゃない方のミューズが。
ジョンが投げた車のキーはスティーブの指をすり抜け、10分後に大気圏で燃え尽きた。
ウチボリ
そしてJAFが来た。
100円を入れると、ちらりとマントルを覗かせて地球はすぐ閉じた。
義ん母
マンチラ。
縁側にポタポタと雫が落ちるから、こりゃあ何かいらっしゃるぞと。鳩とかね、ほら、鳩とかね。違うかも知れないし、いやでも鳩じゃないかな。
不眠
鳩のくだりからの迷走感。
一番最初の記憶は何かと、妻と話題になった。年子の妹とテーブルの下で遊んでいて、私だけが頭をぶつけた。目の前でやっとつかまり立ちを始めた娘が、古ぼけたテーブルに頭をぶつけそうになって、妻が慌てて手でガードした。今日からは声を押し殺すように。そう云うと妻は少女のように頬を赤らめた。
みつる
「今日から声は~」以降の読み手を戸惑わせる展開が、全体に深みを与えている。
「おとなもしっぱいするんだよ」と、泥だらけのおじちゃんはにっこりと笑った。
平成99年
元気をもらいました。

今回は冒頭のTOKUNAGA氏の作品をはじめ、状況を端的に描写したキレのいい作品が集まった。なにもこの手法がベストというわけではないが、読み手のイマジネーションを誘う書き出し小説の場合、やはり描写は適切かつ簡潔な方がいい。そうした状況をきちんと伝えられれば、あとは読者がその内容を埋めてくれる。たとえば人が生きてる氏の「回転寿司チェーン~」の作品。このように過不足ない状況説明ができていると、読み手はそこに逆上がりを成功させた少年の気持ちを勝手に読み取る。とくにこの作品の場合、少年は喜び以外に「ついうっかり成功させてしまったことへの驚き」も感じていただろう。こうした微妙なニュアンスはへたに書き込むより、状況のみに留めて、読み手に受け渡すことでしか伝わらない。にらめっこでも変顔より真顔の方が面白いときがある。もちろんケースバイケースだが、アイデア自体がいいときはとくに無表情な文体を意識して欲しい。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「私小説」だった。書き出し作家たちの赤裸々な「嘘」をご覧頂きたい。

規定部門・モチーフ「私小説」

アダルトDVDを選ぶ時でさえ、自分を偽り生きてきました。
TOKUNAGA
たまに「観たいAV」より「観といた方いいAV」選ぶときってあるよね。
メイクをしてる時の自分、してない時の自分、我輩の時の自分、俺の時の自分、どれも本当の自分じゃない気がするの。
イワモト
そういうときは頬のシャドーが若干濃くなる。
コンビーフのねじが大好きだ。
xissa
こんな素直な私小説があってもいい。
寒さは感じなかった。ただ、睫毛に積もった雪が重たいと、それだけ。まばたきがひどく億劫だった。
夏猫
鼻にはつららが。
なぜ私が夜の駅コンコースで果物を手売りするようになったかを説明せねばなるまい。
山本ゆうご
それがなぜ真っ黒なバナナであるかも。
賞味期限の数字を限定ナンバーだと勘違いしていた時間は幸せであった。
大伴
賞味期限が前世紀?!
現地妻たちのネットワークが、俺という人間を立体的に浮かび上がらせる。
Mch
俺にとって浮気とはマッピングに他ならない。
爪切る時いちばん生きてるって感じるよね、と呟く妻の背中に見たこともない模様の蛾がとまっていた。
g-udon
湿布の匂いに誘われて。
「これ食べ終わったら、ホントにさよならだね、最後の晩餐だね」と彼女は笑った。伸びろ、うどん。
菅原 aka $UZY
ふやけろ、油揚げ。
占いの指示通りに生きております。パワーストーン専門店を営んでおり、お陰様で経営状態は上々です。はい、バツイチです。
流し目髑髏
ええ、性欲もありません。
私は知らぬ人とは話せない、息子も強烈な人見知りときては、この異郷の地でどう生きていったらよかろうか。
ippo
回覧板すら回せない。
ドラムロールの中、私は生まれた。
アイアイ
若干早産?
青年工員の私は、その日、虹を見た。研磨しぬいた鉄板に、七色に映った。
ボーフラ
足下には油膜の張った水たまり。
靴屋に行く度に思い出されるのは、こっそり新しい靴を買ったのに「知らないおっさんと靴交換してもろてん」という嘘を言った父のことである。
hit4
これ、サンタと共に子供への嘘として定番化したい。
石版の上に全裸で横たわるや否や縄で縛りつけられ、卑猥な本を見せ続けられている。今日は私が陰茎日時計の当番だ。
おかめちゃん
水平に勃起できるのは才能と訓練の賜だ。
同性愛をやめてしまおう。マタタイテ、うっかりしびれさせた足をさすって、便器から立ち上がりかけたその時だった。
くーみん
女子便にテノールの叫びが!
パック詰めされたおでんの結び昆布のように、ふわふわ浮かんだただの堅物だった。
肩幅先輩
結び昆布はおでんのリボン!
次の配達先は、見覚えのある住所。そうだ、前妻と暮らしていた家だ。インターフォンに映る僕の顔は、彼女の目にどう映るだろう。バイクを降りて箱を揺すり、ずれたピザを中心に戻しながら、その時を待つ。
おかめちゃん
その後、表彰状授与っぽくピザの受け渡しが。
まず、今回ペンをとるために、家にスプリンクラーを100台入れた話からしよう。
野村バンダム
その前にスプリンクラー止めて。
鷹にさらわれた、のくだりは、全部嘘だ。
xissa
鉄仮面のくだりもな!

選考中、今回のモチーフは思いのほか難しかったのではと感じた。採用作はたしかにいつも通り高いレベルなのだが、ざっと読み直して正直思ったことがある。これ、自由部門とあんまり変わらない!……たぶんモチーフをもう少し考えた方がよかたのかもしれません。ごめんなさい!

ただ、一人称しばりにすることによって語り手のキャラが濃い作品が集まったのは事実。そしていかに創作とはいえ、そこには作者自身がいつもより濃く反映されているように思う。作者側にとってもあらためて自分の作風というか、癖のようなものを意識した回だったのではないだろうか。「自己」に対してどう切り込んでいくかにも、さまざまなアプローチがあり面白かった。TOKUNAGA氏、xissa氏、山本ゆうご氏らは告白から、夏猫氏は風景の中にいる自分から、菅原 aka $UZY氏は進行形の現在から、hit4氏は父のエピソードから、Mch氏は情報から。私にはさまざまな切り口がある。私というのはどうにでも語られ、また語りきれない。おそらくそれだけに私は文学の永遠のテーマなのだろう。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ「文房具」
今回は具体的、といってもくくりは広いが文房具とした。もっとも身近な「モノ」だけにいろんなドラマが生まれるのではないだろうか。フェティッシュに文房具そのものにこだわった作品、文房具のある風景、文房具の擬人化などなど、アプローチは問わない。ふだん何気なく目にする文具が突然、意味を帯び存在感を増すような作品を期待してます。締め切りは7月11日正午、発表は13日を予定しています。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択し応募されたし。力作待っています!
最終選考通過者

ぴすとる/うにね/らおせと/りずむ原きざむ/茂具田/吉本紘/えむ毛/あだんそん/早百合/粉すけ/(たま)/翌日未明/mira/真夏のコタツ/マヒト/スートラ/朱鷺茶/悠里の父/吉蔵/KESHI/僕の隣にはロック/姫子/ももこ/nobutaro/ウウタルレロ/小夜子/ぼんがぼんが/松亀/

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