特集 2014年1月29日

日本一貧乏な水族館

色彩とか形状とかがロボットっぽい
色彩とか形状とかがロボットっぽい
和歌山県にエビとカニの水族館があると聞き、なんじゃそりゃと行ってみたら面白かった。自称日本一貧乏な水族館。
1983年三重県生まれ、大阪在住の司法書士。
手土産を持参する際は消費期限当日の赤福で受け取る側に過度のプレッシャーを与える。

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> 個人サイト owariyoshiaki.com

怪しさあふれる水族館

エビとカニだけ?なぜそんなピンポイントな所で水族館を作ったのか。面白半分どころか面白全部の気持ちで行ってみた。
すさみ海立エビとカニの水族館。海立…?
すさみ海立エビとカニの水族館。海立…?
着いてまず戸惑うその外観。入口の上の部分が剥がれてる…?すさみ海立…?町立って聞いていたのだが海立ってなんだ。にわかに心の海が荒れ始める。
カメもいるのか。
カメもいるのか。
入ろうと歩を進めると入り口横にカメブース。エビとカニ限定かと思っていたらウミガメ。予想外の大物の登場に心躍る。案外すごいんじゃないか、エビとカニの水族館。
お、おう…。
お、おう…。
が、見えない。

入った瞬間からすごいインパクト

もう心は完全に珍スポット探検の気持ちにシフトしていたがここからひっくり返される。
甲羅の中、絶対に怖い奴いるやつ。
甲羅の中、絶対に怖い奴いるやつ。
ドアを開けるといきなりカブトガニが掃除ロボットのルンバの様に徘徊している。デカイ。しかも「折角だから触ってってあげてね」と親戚の赤ちゃんに会った時みたいな声をかけられる。

無理だよ、怖いよ。上から見たら大丈夫だけど、時折はみ出す手先みたいな所が超怖い。ひっくり返したら絶対泣く。
子供すげぇ。
子供すげぇ。
カブトガニの英語名「馬の蹄」と午年をかけての展示らしいが、こんなの誰も触れないだろ…と思っていたら子供達は結構喜んで触っていた。

「触ったりして体調とか大丈夫ですか?」と聞くと「太古の昔からいる強い種なので全然平気ですよ」と教えて貰った瞬間、子供が出っ張った所グリグリし始めて「あぁっ、そこは目玉だからやめてあげて!」ってなっていた。

なんか館長凄い

伊勢エビ強そう。
伊勢エビ強そう。
カブトガニを抜けて中を見る。予想以上にたくさんの種類のエビやカニがいる。数えてないし詳しく聞いても無いから分からないけど、いっぱいだ。いっぱい。
何してんだこいつ。
何してんだこいつ。
色んな種類がいて面白いなと思うと共に、美味そう。と思う。甲殻類は調理前後の見た目が変わらない為に余計そう思うのかもしれない。茹でたい。
カニみたいなエビみたいな、ヤドカリ。もうなんだか分からない。
カニみたいなエビみたいな、ヤドカリ。もうなんだか分からない。
こういう変わった種類でも美味いのか?イセエビより美味しい奴とかいるのか。そういう風に見るものでない気はするが気になる。カブトガニの所にいたおじさんに聞いてみよう。

僕「すみません、この中で一番おいしいのってどいつですか?」

おじさん「あぁ、こいつが一番おいしいよ」

おぉ、即答!
一番美味しいオーストラリアなんとかクラブ。
一番美味しいオーストラリアなんとかクラブ。
おじさん「オーストラリアで良く食べられているカニで、甘みが濃くて美味しいよ」

僕「おぉ、そうなんですか?!じゃあ、じゃあ、この大きなタカアシガニとかも食べられるんですか!?」
タカアシガニ。超デカイ。成長したら体長4メートルにもなるとか。
タカアシガニ。超デカイ。成長したら体長4メートルにもなるとか。
おじさん「あぁ、食べられるけど大味であんまり美味しくなかったね。このカブトガニだって食べられるんだよ。主に玉子の部分だけど。まぁそれもいまいちだよ」

えっ、なにこの人、味について知りすぎじゃないか…!?もしかして、もしかして…!!!

僕「あの、失礼ですが…、もしかしてこの水族館の展示で死んじゃったエビとかカニって食べたりするんですかね…?」

おじさん「はっはっはっ!いやいや死んじゃったら加工して展示するから食べたりはしないよ」

良かった。オーストラリアなんとかクラブが死んだら「今日は鍋だな」とか水族館の人が思ってたら嫌だ。
おぉ、こういう事か。このカニ右利きかな。
おぉ、こういう事か。このカニ右利きかな。
おじさん「それにねウチのエビやカニはイカばっかり食べてるからイカの味がすると思うよ。生き物ってのは結構単純で餌が直接味に影響するんですよ」

イカ味のカニ!美味しそうなのか分からないがむしろ食べてみたい。同じ食べ物でも産地で味が違ったりするのは餌の影響だろうか。単純な気もするがおもしろい。

僕「じゃあ、なぜそんなに味に詳しいんですか?」

おじさん「味も生き物の特徴の一つだからね。一応ここにいる大抵の生き物は食べましたよ」

なんだその探究心!何者だ、このおじさん…。
さかなクンさんと仲良し!!
さかなクンさんと仲良し!!
さかなクンさんに慕われてる!さかなクンさん、絵が超上手い
さかなクンさんに慕われてる!さかなクンさん、絵が超美味い
不思議に思いながら館内を見て回ると、なんとさっきのおじさんとさかなクンさんの写真が!当サイトの誇るリアルモンスターハンター平坂さんも敵わないと言う、さかなクンさんに慕われている!(そして、館長だったのか)

僕「館長(ここから館長と呼び始める)、さかなクンさんと知り合いなんですか!?」

館長「彼とは昔からの付き合いでね。ここにも何度か来ているよ」

僕「か、館長…、あなた何者なんですか!?」

館長「なにものってったって、私はただの水族館の館長ですよ」

か、かっこいい…
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館長だけじゃなく展示も楽しい

館長に気を取られたが、展示もちゃんと面白い。(でもやっぱり館長も面白い。実習生の方が「あの方は水族館で働きたい人にとって神ですよ!」って言ってた)
ヤドカリのヌードが見られる。
ヤドカリのヌードが見られる。
こっち見んな。
こっち見んな。
見せ方の工夫もあるし、エビとカニという種類を限定した上での多様性によって、狭く深い世界を気軽に見られて面白い。
エビ界の乙女みたいなやつもいる。
エビ界の乙女みたいなやつもいる。
比較用のiPhoneくらいならすぐに壊せそうなやつもいる。
比較用のiPhoneくらいならすぐに壊せそうなやつもいる。
オオグソクムシ。こんなのもいるのか。
オオグソクムシ。こんなのもいるのか。
かわいい奴からデカイやつ、更にはチョイきもいオオグソクムシもいる。と、いうことは、こいつもエビなのか!?と思ったらやっぱり虫に近い生き物らしい。でも味はエビに似てるって。

と、いうことはエビカニは虫みたいなもの。という嫌な説は正しいのか。でも、何か、食べるとき精神的に違うよね、虫とエビ。
ザリガニ釣りゾーン。頑張ってみたけど全然釣れなかった。
ザリガニ釣りゾーン。頑張ってみたけど全然釣れなかった。
更にはザリガニ釣りやヒトデなどに触れるエリアもある。こんなに色々楽しめて、なんと、入園料が300円なのだ。
ま、マジで!?
ま、マジで!?

日本一貧乏な水族館

激安。
激安。
一般的に水族館は入館料が高い。水槽などの設備や管理にお金がかかるのだろう。それが300円。激安なのに入口には300円も取っちゃってごめんな。って書いてある。
300円でそんなに不本意がらなくても。
300円でそんなに不本意がらなくても。
なんと、町立で運営していたのが放り出されてしまったらしい。その際に閉館も考えたのだけれど存続を願う声が強く、続けることにしたのだとか。

だから、すさみ「海立」エビとカニの水族館なんだな。町からの独立、海への回帰。
すっごくデカいカニ。
すっごくデカいカニ。
デカいカニの様になりたい少年。
デカいカニの様になりたい少年。
町からの支援が無くなった分を埋めようと、半年間サポーターとして応援してもらいその事を掲示したり、移動水族館として出張したりと色々な手を打っているそうだ。

しかし財政は厳しく赤字続きらしく「自他共に認める日本一貧しい水族館ですよ」と館長は言っていた。

展示する生物も自己調達、上の写真のデカイカニは職員さんがオーストラリアの市場で買ってきた奴らしい。カニ、食べられる直前に日本に来て長生きするとは、カニの一生もなにが起こるか分からない。
地元で獲れたらしいイセエビ。見た目、一番美味そう。
地元で獲れたらしいイセエビ。見た目、一番美味そう。
後は地元の海で獲れたら譲って貰ったりしているそうだ。元はといえば地元の名産であるカニやエビのアピール施設だったそうだが、今やエビとカニの種類ならばおそらく日本一だろうと言えるまでになっている。日本一貧乏だけど。
クモみたい…かもしれない…。藻屑を体に引っ付けるモクズショイというカニ。
クモみたい…かもしれない…。藻屑を体に引っ付けるモクズショイというカニ。

そんなに貧乏だというのに水槽の中はすべて綺麗で、スタッフの方は明るく色々な説明をしてくれ、「お金無いからアザラシの水槽とか自分で作りましたからね!」という。

えっ、アザラシもいるの!?
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誰にも見せないのに芸をするアザラシ

アザラシいた。黒い。
アザラシいた。黒い。
職員の方に案内されて水族館の裏手に回ってみると、確かにいた。アザラシだ。流線形。
職員さん来たらウキウキなアザラシがかわいい。
職員さん来たらウキウキなアザラシがかわいい。
それにしてもアザラシというスターがいて、世話も大変だろうにその案内が全くない。餌の時間という一大エンタテイメントなのにそのお知らせもない。

アザラシを全く目にせず帰る人がいっぱいいると思う。貧乏なのは商売っ気の無さもあるなと感じる所だ。
挨拶してる。かわいい。
挨拶してる。かわいい。
ただ餌を上げるだけだと思いきや、色んな芸をやり始めた。握手したり、挨拶したり、餌キャッチしたり、輪投げしたり。なにこれ、面白い。

アザラシの表情まで見られるこの距離での芸は引きつけられる。アザラシずっと無表情だけど。
アザラシに目薬してる。
アザラシに目薬してる。
こんなに楽しいのになぜもっと大々的にお知らせしないのだろうか。職員さんに聞いてみた。

職員さん「別にショーとかするわけじゃないのでそこまで言う必要無いかなと」

僕「ええっ!?ものすごく楽しいですよ!でも、ショーとかしないのに何で芸を仕込むんですか?」

職員さん「コミュニケーションとストレス発散ですね。普段からこういう形で触れておけば、もし病気で処置が必要な時でも触れた時の抵抗が少なかったりするので」

おぉ、そういう合理的な理由があっての芸なのか。
アザラシと握手。
アザラシと握手。
職員さん「ストレス発散はやることにもよるんですけど、輪投げは積極的にやってくれますね。投げるの失敗したらブーブー言われますよ」

実際、見ているときに職員さんが投げるの失敗したらアザラシが怒ってグルグル泳ぎ回っていた。アザラシも楽しんでいるみたいだ。

僕「じゃあ、よく遊んでくれる人が来たらアザラシが喜ぶ、みたいなことありますか?」

職員さん「アザラシも時と場合でやりたい芸とそうじゃない芸があるので、そこをくみ取ってあげられる人の言う事はよく聞きますね」

あ、アザラシの顔色を読むの!?

職員さん「でも、誰であっても餌を持ってなかったら見向きもしてくれませんね…」

僕「寂しいですね…」

職員さん「ちょっと…」

かわいい。

アザラシに学ぶ教育論

こうやって色々な芸をするアザラシだけれど、どうやって身に着けさせたのか想像もつかない。一体どうやって教えるのだろうか。
輪投げはやる気満々だぜ、アザラシ。
輪投げはやる気満々だぜ、アザラシ。
職員さん「初めは餌をあげるときに必ず笛を吹くんです。そして、芸に使えそうな動き、たとえば右手を上げたら笛を吹いて餌をあげる。その後も右手を上げるごとに笛で餌をあげる。すると、右手を上げたら餌を貰えるんだ!って気付くんです」

アザラシすごい、そんなことまで判断出来るのか。

職員さん「そこまでいったら、アザラシの動きに合わせて私が決まった動きをする。そしてその動きしたらアザラシもしてくれるように続けるんです。分かってくれるまで続ける」
理想の師弟関係
理想の師弟関係
職員さん「そこでやってくれたらキチンと褒める。芸を見逃しちゃったり、餌をあげなかったら、アザラシは混乱してしまうのでそのルールだけは一貫して守らなきゃダメなんです」

理想の上司のあり方とか正しい子供の教育。みたいな本に書いてそうな事を実践している教育だ。言葉が通じない分だけ本質に近いのかもしれない。面白いもんですな。

初めは変な物見たさに来たエビとカニの水族館だが、スタッフの方々の気さくさと詳しい説明にどんどん興味を惹かれて行った。施設全体として手作り感の溢れる、水族館の裏側を見ている様な距離の近さ。

日本一貧乏かもしれないけれど、それ以上にエビカニのラインナップ、スタッフさんのしっかりした知識との愛に満ちたすばらしい水族館だ。

2015年には新しくできる予定の道の駅に移転する話も出ているらしい。機会があれば是非とも行ってみたら楽しいと思うよ。
すさみはイノブタも名産ですよ。
すさみはイノブタも名産ですよ。
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