特集 2013年9月5日

バットから角材を彫り出す

逆の職人です
逆の職人です
1本の角材からバットを削り出す職人をテレビで見た。木と対話するように見つめて黙々とバットの形を作ってゆく。ストイックでかっこいい。
もちろんそんなことはできないのだが、逆ならできる。バットから角材を削り出すのだ。ビーッ、ビーッと4面を切って角材の形を作る職人。

そんな職人はたぶんいないので僕が第1号になろう。
1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

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> 個人サイト webやぎの目

仏像のほうがわかりやすいかもしれない

しかし角材から形を彫りだすといえばバットではなく仏像のほうが一般的である。仏師が「彫るのではなくて、なかにいる仏様を出すのです」という世界だ。これも逆ならできる。仏像から角材を彫りだすのだ。キュッキュッキュッと削れば四角くなる。

だが、そんなことをする勇気はない。お寺や神社を取材するときには必ずまずお参りする男である。そんなことをしたらちょっと風邪をひいたりiPhoneのヘッドホンが見あたらないだけで仏像を解体したバチが当たったと思うだろう。ストレスのもとになることは極力避けたい。やっぱりバットだ。

試割用のバットを使う

バットは本物ではなく試割用のバットを使うことにした。試割用バットとは空手家がてやーッと割るバットである。なんとそれ専用のバットがあるのだ。試割用の板もある。節目が大きくて割れやすくなっている(でも手は痛い)。

試割用のバットならばもったいなくないし(どうせ割ってしまうものだ)、柔らかくノコギリも入りやすいだろう。そういう目論見である。
これが試割用バット
これが試割用バット
試割用のバット、ネットでも売っていたのだがそのレビューに

> くさい。ありえないほどくさい。部屋に置いておくだけでくさい。

と書いてあった。バットのレビューで「くさい」とはまったくすれ違いな批判である。しかもそのバットは野球用ではなく空手用だ。学級崩壊なみにみんな好き勝手なほうを向いている。

僕が買ってきたのは残念ながら臭くなかった。バットを包んであるビニールを取ってすぐに匂いを嗅いだのははじめてだ。

珍しいことが書いてある注意書き
珍しいことが書いてある注意書き
バットには野球用として使わないでください、子どもは割らないでくださいなどはじめて見るタイプの注意書きがたくさん書いてあった。
ロッテ里崎のまね
ロッテ里崎のまね

糸ノコでバットを切る職人

電動糸ノコでもあれば一瞬だが、うちにはそんな機材はないので小さい糸ノコで角材を彫り出す。
私には見える、バットのなかの角材が
私には見える、バットのなかの角材が
ゴリゴリ
ゴリゴリ
ゴリゴリゴリ
ゴリゴリゴリ
バットが意外に切れない…。堅い。

この企画は出オチというか、逆にしちゃったりして!というところがキモなわけで切るところはそんなに重要ではない。切ったらどうなるんだろうという興味はない。10分ぐらいで切れてくれてOKである。なんだったら角材を買ってきて、これでーすと言っても構わないぐらいの企画である。

しかしそんなことお構いなしにバットにノコギリが入ってゆかない。
この企画、深みにはまったかもと思いはじめる
この企画、深みにはまったかもと思いはじめる
こうやってバットを切っていると、野球をあきらめた男、みたいに見えないだろうか。

長年工場に勤めながら社会人の選手を続けてきたが、親会社の不振により廃部、そしてバットを切っているのだ。なれない営業の仕事にまわされた男が愛用したバットから作るものは…名刺入れか。取引先で理不尽なことを言われたとき、内ポケットに入れた名刺入れをそっと触る。そして耳の奥に蘇るのはバットがボールをはじく音。

ちょっといい話である。すべて創作だけど。

うん、これ無理

野球をあきらめた男(仮)が2時間切ったがこのていたらくである。
これだけ
これだけ
2時間かかって5センチだ。バット全部から角材を切り出すのにあと20時間ぐらいかかる計算だ。予想以上に大変。これは電動のこぎりがないとダメかもしれない。

どこかで貸してくれたり、工房ごと貸してくれる場所はないだろうか。ネットで検索すると同じ悩みを抱えている人がいた。しかし答えは電動に頼る前に基本的な動きを身につけてないとダメです、といった答えが多かった。厳しい。
梅が咲いていました(現実逃避中) 注:この撮影は2月に行われました
梅が咲いていました(現実逃避中) 注:この撮影は2月に行われました

5980円のノコギリ投入

翌日、東急ハンズに電動のこぎりを買いに行くと、「電動かどうかよりもバットを固定することが大事」とのアドバイス。なるほど。
昨日までの自分
昨日までの自分
こうしてバットを立てて手でおさえて切っていたのだ。フラフラして切りにくかった。必要なのは万力、そしてよく切れるノコギリ。
万力投入
万力投入
ちゃんとしたノコギリも投入
ちゃんとしたノコギリも投入
角材を作るための工房
角材を作るための工房
これが角材を切り出す現場である。
椅子につけた万力でバットを固定。それから切ってゆくのだ。ちなみにこののこぎりは5980円。プラス消費税。
5980円
5980円
「硬い奴」が名前である
「硬い奴」が名前である
バットから角材を作ったりして~♪という冗談を実現するためにしては高い。電動のこぎりの安いものは8000円ほどで買えたので、こっちはモーターも電源もなくこの値段だ。純粋に刃の値段だと思うと頼もしい(と思って自分を納得させた)。

しかしこの「硬い奴」は面白いほどに切れる。
1分に1センチぐらいのスピードで切れる
1分に1センチぐらいのスピードで切れる
「硬い奴」じゃなくて「面白い奴」だ。
30分ほどで2面切れてしまった。
30分ほどで2面切れてしまった。
これは面白い。いろいろ切ってみたくなる。ワシントンが桜の木を切ってしまったときも「硬い奴」を持っていたのかもしれない。

バットがバットになろうとしている

順調に見えたが、特定の面だけノコギリがどうしても斜めに入って行ってしまうのだ。木の目の問題かもしれない。
斜めに入ってゆく刃
斜めに入ってゆく刃
反対側も斜めなので下が薄くなった角材が現れつつある。なんとなくバットの形に近い。側面も斜めになったらカクカクしたバットだ。バットからとりだした角材がやっぱりバット。

なんてフラクタル。宇宙の真理を見た思いである。
バットから出てきた角材
バットから出てきた角材
切断して角材に
切断して角材に
グリップを切り離してバットから角材を取り出すことに成功した。
バットから角材を彫り出したのだ。この角材はドアストッパとして活用したい(かたちが似てるから)。

逆の匠もまた易からず

木材の加工は難しい。バットを角材にするという簡単そうな作業も二日にわたって作業することになった。

そして手元に残ったのは5980円のノコギリと、万力。万力だって2500円ぐらいした。どんな道も一筋縄ではいかない。
手元に残ったのはまごうことなき立派な薪。斧で割ったほうが早かった。
手元に残ったのはまごうことなき立派な薪。斧で割ったほうが早かった。
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