2010年の暮れ、朝日新聞社のニュースサイトに「レッサーパンダ、キスに夢チュー」という見出しが踊っていた。
見出しのダジャレ部分は置いといて、内容を見てみると、キンタとウミという名の2匹のレッサーパンダが、じゃれつきキスをしているのだそうだ。
それも長い時は5分間もするというから羨ましい。
そのレッサーパンダがいるのは横浜にある野毛山動物園。 これはぜひ見ねばと、キスを見に出かけることにした。
(地主 恵亮)
声援の飛ぶキス
野毛山動物園は横浜にある無料の動物園だ。 無料だけれど、ライオンはいるし、キリンはいるし、もちろんレッサーパンダもいるしで、なかなか見応えのある動物園だ。
入場してわずかに歩けば、そこにはレッサーパンダがいる。レッサーパンダがキスをすることが伝えられたからなのか、レッサーパンダの前は多くの人でにぎわっていた。もし人間ならば、この状況でキスするのはかなりの勇気が必要だ。
この人だかりに僕も混ざる。 そこで聞こえてくる会話は、「今日はしないのかな〜」や「キスしてよ」などという、初デートに挑む乙女の心の声みたいなものだ。もちろん男もそういう言葉を発している。
小学校の低学年くらいの子供までもが「は〜や〜く、キス」とレッサーパンダにリクエストしている。僕は今までこんなにもキスを期待されてことがない。さすがレッサーパンダだ。
キスしてる!
早くキスしてと思うのだけれど、二人(二匹)はキスをしない。キンタがウミの後ろを金魚のフンのようにピッタリとくっついて歩くのだけれど、ウミは全く相手にしない。
ちなみにキンタがメスで、ウミがオスである。女性の方から熱烈なアピールをしているのだ。なんとも羨ましい状況だ。
しばらくすると2人(2匹)は、じゃれ合い始めた。 周りからは「やるか」や「キスしろ」みたいなざわめきが起きる。自分がキスする時はドキドキで心にざわめきが起きるけれど、他人(人じゃないけれど)のキスで、ざわめきが起きるのは初めての体験だ。
なかなか進展しない恋愛ドラマを見ているよで、やきもきする。
その時は突然やって来た。 朝日新聞のWebサイトで見たような5分間ものキスではなかったけれど、あれはカップルのキスだった。海外にある挨拶代わりのキスではない。
舐めるようなキスなのだ。 その様子は、人間のキスにはない可愛さで「キスした」とギャラリーはどっと沸いた。ぬいぐるみとキスする幼い子供のキスみたいで可愛いのだ。
他の動物のキスも見たい!
レッサーパンダのキスが可愛かったので、他の動物のキスも見てみたいと思い、日を改めて上野動物園を訪れた。レッサーパンダのように報道されていなくても、キスくらいするのではと淡い期待を抱いたのだ。
象を見に行ったらキスをしていた。 鼻が触れ合っているだけに見えるけれど、象の鼻は上唇と鼻が合体したものなので、鼻が触れ合うだけでも、唇が触れ合っていることになる。唇が触れ合えば、それはもうキスだ。
鼻が触れ合うだけでは、僕以外はキスだと思わないようで、ギャラリーも子供が「大きい〜」と象についての盛り上がりを見せるだけで、キスについての盛り上がりはなかった(象は相手の口の中に鼻を入れるというコミュニケーションをとる。こっちの方がキス以上のインパクトだけれどしてくれなかった)。
クマもキッス!
象の「キス」だけでなく、他の動物の「キッス」も見てまわる。 「キス」と書くより「キッス」と書く方が、なんだかまだ見ぬものへの憧れを表現できている気がするのは僕だけだろうか。
まだキスを知らない中学生のような感じがするのだ。この感覚に賛同してくれる人はどのくらいいるのだろうか。
マレーグマが幼稚園児のように無邪気にじゃれあっていた。 クマの中では最小のマレーグマだけれど、僕がじゃれついたらキチンと殺されると思う。でも、クマ同士でじゃれあう分には誰も死なない。無邪気で可愛い。そんな瞬間にキスは起きる。
相手の顔を覗き込むようにキス。 人間界にもありそうなキスだ。じゃれあっていて、「もうやめてよ〜」と彼女が嫌がるそぶりを見せてからのキッスだ(そういうキスはしたことがないので、ここではまだ見ぬキスを示すキッスを使った)。
ギャラリーはじゃれあっていることへの歓声はあれどキスへの歓声はなかった。僕は一人「あ〜キスしてる、マレーグマとマレーグマがキスしてる!」と盛り上がっていた。