特集 2015年3月15日

書き出し小説大賞・第69回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第69回目である。

ニュースをつけると寝台特急トワイライトエクスプレスがラストランということで、大勢の撮り鉄たちがホームを埋め尽くしていた。この手のニュースではマイクを向けられた鉄道マニアが必ず感無量のコメントを残す。それにしてもあの熱量はただごとではない。人はあれほどなにかを惜しめるものなのか。しかしあの中には鉄道よりただあの高揚感だけが好きな「惜鉄」も混じっていると思う。
それでは今回もめくるめく書き出しの世界にご案内しよう。

書き出し自由部門

家系図に敗者復活がある。私はそこで生まれていた。
義ん母
北斗の拳で言うとジャギの子孫。
背後に立つ人の舌打ちが聞こえたが、自販機のルーレットはまだ止まらない。
紀野珍
トミーリージョーンズのリーチアクションが長い。
渋滞の先頭に機動隊と組み合う母が見えた。
えむ毛
「NO MORE 映画泥棒」のプラカードを持って。
琴ヴァージョンの邦楽がホテルのロビーに小さく流れている。遺産相続争いは泥沼の様相を呈していた。
TOKUNAGA
もんだいガールの琴バージョンが。
醤油びんが倒れて醤油が円を描く。その中に猫がはいる。
xissa
結界?
怒りにまかせて殿様を乗せた駕籠を激しく地面に叩きつけた。
茂具田
中から明らかにヤバい骨折音が!
爪切りの有る所に爪切りは集まる。
TOKUNAGA
どうでもいい真理!
夜の芝生は街のざわめきを吸い込んで、何も知らない少女たちを待ち構えていた。
Mch
その芝生の滴をダンボールハウスが吸い込む。
私を置いてどこにも行かない男は、私を連れてどこにも行かない男でもあった。
Mch
掃除機の先で追い出したい。
朝同じ電車だった人と、帰りも同じになった。今日1日がなくなってしまったみたいだ。
ocamo
しかも身長2メートル。
「ガラス」「ビン」「ニセモノ」のシールが貼られた段ボールを運んでいる。
柴咲ハコ
乱暴に扱いたい。
サーモグラフィー越しに見た彼は菱餅に見えた。
prefab
菱形星人?
それは高架線に引っかかった北斗七星が、キラキラ星を奏でた夜。
タクタクさん
一帯は一時的な電波障害に。
ビルとビルの隙間で画鋲を踏むと、風刺絵みたいな顔になる。
マークパン助
税に苦しむ大衆のような顔?
ここは俺の縄張りだと言わんばかりの勢いで、ミジンコはミカヅキモを押し出した。
prefab
プレパラートの外へ。
盛り塩は雨ざらし、壁のペンキが乾く前に降る春の雨である。
ボーフラ
春の雨ってなんもやる気起きないよね。
「わいも猿や」父が感情移入し始めた。
ビールおかわり
プロゴルファーではないが。
暗礁を引き揚げるとそれは自転車で、漕いでみるとフジツボが飛び散って、ギアを変えてもそれは同じことだった。
人が生きてる
フジツボが目に!

現実にはあり得ない設定ながら、そこに漂う気配や気分には独特のリアリティがある。書き出し作品の秀作にはそうしたパターンが多い。マークパン助氏の作品における「風刺絵みたいな顔」はそれが具体的に浮かぶわけではないがニュアンスは充分伝わる。prefab氏の菱餅に見えたという下りも実際にはあり得ないが、もしかしてそういう人間もいるかもしれないという妙な説得力がある。ocamo氏の作品は逆に日常的にあり得る光景をシュールな感覚に変えた。ボーフラ氏と人が生きてる氏はシュールさの中に普段気付かない生理感覚を匂わす確固とした作風を持っている。その他の作品も然り、言葉にできない感情をなんとか表現しようとする、創作の基本はそこにあるように思う。

つづいては規定部門、今回のモチーフは「村上春樹」であった。これを読めば今日から君もハルキスト!

書き出し規定部門・モチーフ「村上春樹」

完璧な家族などといったものは存在しない。完璧な手巻き寿司が存在しないようにね。
TOKUNAGA
乗るはずの電車が反対ホームに着いた。ただそれだけのことだ。
g-udon
リトルピープルはご飯のおこげを丁寧に取り除くと、音もなく立ち去った。
Mch
「やれやれ!」彼は怒っていた。
紀野珍
やれやれ犬が破水した。
おかめちゃん
いつもと違う変なおじさんは、ぎこちなく踊り、最後に「やれやれ」と言った。
たこフェリー
「ふう、やれやれ」それでも株を抜くという営為は、依然として徒労であることに変わりはなかった。
ウチボリ
僕はカニかまぼこ(あるいは蟹のような色と風味を醸し出した練り物的何か)を初めて口に含んだ。悪くない、と思った。
g-udon
「一心不乱に?」「そう、一心不乱に。」「心頭滅却して?」「うん、火は涼しくないけどね。」「それでキミは満足?」「ええ、伸びきったパスタを食べるより、多分ね。」
不眠
一人でしかできないこともあるし、二人でしかできないこともあるんだ。それを組み合わせていくのが上手い万引きさ。
TOKUNAGA
結局僕はヤクルトを飲まなかったし、ジョアに至っては存在さえも認識してなかったことになる。
不眠
牛タンにピアスを刺した。痛い、と思った。カティ・サークはもう空っぽだった。
おかめちゃん
「ゴミを分別するのはどうして」 「燃えるゴミと燃えないゴミがあるから。あるいは、燃やしたいゴミと燃やしたくないゴミがあるからと言おうか。それだけのことなんだ」
おかめちゃん
親方!見えて来ましたぜ!ノルウェイの森だ!
哲ロマ
村上夏樹「村上春樹がやられたようだな…」 村上秋樹「なに、ヤツはわが四天王の中で最弱」 村上冬樹「ククク…文豪の面汚しよ…」
「村上春樹くーん」と呼ばれるなり、飼い主の村上は、猫の春樹を抱きかかえながら診察室へと入っていった。
みぃさや
「ハハウェイさま、お元気ですか」ノルウェイに住む義理の息子から、拙い手紙が送られてきた。
柴咲ハコ
次は「はらまき猿」で書きたいと思う。
えむ毛
またやられた!ページをめくるごとに半端なく高まる期待感。そして読後のモヤモヤ。
タクタクさん
スーパーで大量買いしたレシートの中の「ムラカミハルキ」が何か分からない。税別398円。
うにねこ
「分かったわ!アナグラムね!?」彼女はそう言ってハルキムラカミを並べ替えはじめた。
いっちょん
名刺には「ムラカミハルキ」の文字の上に、小さく「ノルウェーふるさと大使」と書いてある。
カントーン
本当は、パチスロと砂風呂大好き、春樹です。
ボーフラ
赤ハルキスト! 青ハルキスト! 黄ハルキスト!
正夢の3人目
彼女の質問に答えるたびに、僕のハルキ君人形はボッシュートに吸い込まれていく。
xissa
クラスの皆から、自分が「メタファー」と呼ばれていることを知った。
ヨ太郎
号外、見ましたか。ノーベル皆勤賞ですって。
義ん母
「ムラカミハルキーーック!」初のTV出演は衝撃的な幕開けとなった。
kjm
なにが「えっ君のなかの春樹もそう言ってるのかい?」だよ!
ミミズグチュグチュ
飾りで買って、借りパクで消える。
マークパン助
文体パロディものから村上春樹氏本人をネタにしたものまで幅広い作品が集まった。パロディものはどれも文体と内容のギャップが絶妙。あの清潔な世界観でなにを語れば面白いか、さすが常連作家は熟知している。やれやれネタには秀作が多かった。たこフェリー氏の変なおじさん、見てみたい。不眠氏の会話文、彼女とこんな会話をしてみたい(笑)。村上氏ネタでは蚕氏の四天王にやられた。それほど村上春樹を知らない人が、うろ覚えでとらえたイメージに面白いものが多かったような気がする。
実際の作品は読まなくても、これらの書き出しを読むだけでハルキストに近づいた気になれるお得な回であった。

では次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「小学生」
小学生視点の作品でも、小学生の親の視点でも、小学生を題材にしたものならなんでもよい。ノスタルジックな作品になるか、思いっきりバカな作品になるか、今回は実話ものでも面白い作品が集まりそうだ。ホンモノの小学生に負けまい突き抜けた作品を期待したい。
締め切りは3月27日正午、発表は3月29日を予定している。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択して送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者

あご/井沢/katoboy/怪人ギター男/カントーン/いっちょん/鯉おとめ/仙きち/菅原 aka $UZY/もんぜん/suzukishika/にら将軍ハルナ/小夜子/夏猫/さくら/乾燥肌/俺スナ/宇千代/ナオミヒロン/
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