特集 2015年6月7日

書き出し小説大賞・第74回秀作発表

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書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。

書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。


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書き出し小説秀作発表第74回目である。

まずは今回、諸般の事情で発表が遅れてしまったことをお詫びします。楽しみにしていた読者、書き出し作家のみなさま申しわけありませんでした。

つづいて報告。NHKラジオ「すっぴん!」で本格的に書き出し小説のコーナーがはじまりました。内容は募集した自由部門、規定部門(初回モチーフは「ラジオ」)を約1時間たっぷり紹介するというもの。みなさんの作品はパーソナリティの宮沢章夫さんにも大受けでございました!不定期コーナーなので次回は未定ですが、決まり次第発表させていただきます。

それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しましょう!

書き出し自由部門

麦わら帽子から導火線のような藁が出ていた。
コロンブスのたま子
キンキンに冷えた銅像に人が群がっている。
流し目髑髏
互いの島根県が相違したまま、島根県の話は続いた。
TOKUNAGA
ボクらを乗せた旅客機は、ありとあらゆるパーツを落しながら滑走路を走りだした。
TOKUNAGA
カシューナッツの曲線で猫は、私に白い腹を翻した。
merumo
彼女は一向に示さない事で、示す以上の執着を焼付けたがる。
merumo
銀座の雑踏に、父は人買いの眼をして立っていた。
xissa
ハワードがバッテラを分解している。
xissa
鼻糞がどうしても掘り出せず、ただ鼻笛の音階が変化する。
紀野珍
母が電話のときに聞かせてくれるよそ行きの声が好きだった。
紀野珍
「ツクダニ、ゼンブオナジヨ」ガルシアの言葉には全てが詰まっていた。
マークパン助
全身に青海苔をまぶして国立公園の一部になった。
マークパン助
観客たちはまだ、無償で球拾いをやらされていることに気付いていない。
仙きち
「この人はふざけているわけじゃない」という認識が、じわじわと部屋を満たしていく。
正夢の3人目
啄木は蛍光ペンの眩しさにサングラスをした。
ヘリコプター
押し花にしたラフレシアのしおりが文庫本からはみ出している。
おかめちゃん
いくら掻いても皮膚には届かず、輪郭ばかり削れていった。
義ん母
号外坊やの目は喜びでキラキラと輝いていた。街も笑っていた。
茂具田
古いウォークマンが勝手に音量を絞ったり、早送ったり、訊いてもない梅雨の到来を教える。
人が生きてる
第七宇宙港の百万人目の利用者に贈られた記念品は、質量を持たない月の兎だった。
ミハル
自分のせいで、人文字は少し意味が変わった。
えむ毛

関東は梅雨入り目前らしいがここ最近は夏の陽気が続いている。そのせいか応募作にも夏を感じる作品が多く見られた。コロンブスのたま子氏、流し目髑髏氏、一方は抒情的に一方はネタ系でそれぞれ夏の到来を予感させる。

今回の自由部門は常連組の複数掲載が多かったので、意図的にふたつの作品を並べて掲載してみた。TOKUNAGA氏、今回は共にネタ系だが、氏の作品に共通するのは冷静にして端正な文体。過不足なく対象を描写し笑い以上の余韻を残す技はまさに名人芸。merumo氏はいつも透明感のある描写と精緻な作風で読み手をドキリとさせる。句点の打ち方ひとつにも繊細な感性が伝わってくる。xissa氏はいつもの完成度の高い作品に加え、書き出し小説をより深化させる問題作も生む。今回のハワードがバッテラ~作品、外人とバッテラの邂逅を「分解」という行為によって繋ぐセンス。脱帽です。紀野珍氏は基本ネタ系を得意とするがそのネタがもっとも有効に働くシチュエーション、キャラづくりが抜群に上手い。マークパン助氏は最近の常連さんだが、この方も紀野珍氏と同様ネタの演出力に独特の冴えがある。

連載がつづくと常連さん同志が互いに影響しあって、自分の作風を作っている過程も見えて面白い。また新人さんも是非、この遊びに混じって下さい。新しい個性は積極的に採用するつもりです。

続いては規定部門。今回のモチーフは「恥」でした。書き出し作家が文字通り「かいた」恥。とくとご覧あれ。

書き出し規定部門・モチーフ「恥」

このTシャツの英語の意味、知らなければよかった。
大伴
あらゆるメディアからそのギャグの説明を求められた。
もんぜん
八年経て、ようやくそれが恥だったと知った。
早百合
僕のパントマイムで作った壁を、皆が素通りする。
もんぜん
巨人の女は頬を染め、食べかけの牛を渡してきた。
正夢の3人目
マンホールの底を覗くと、顔を覆った人間達がびっしりと詰まっていた。
えむ毛
恥ずかしさが死の恐怖を超えた瞬間、人は天使になる。
g-udon
卒業アルバムの茶道部と華道部には、僕と顧問の先生だけが映っていた。
g-udon
下ネタだと思っていたのは株主の中で私だけだった。
suzukishika
先週の飲み会を思い出しながら走り、自己ベストを更新した。
TOKUNAGA
遠くから間違った名前で呼ばれている。
まじいい
何をしてそうなったのか、医者に説明できない。
おかめちゃん
フライングスタンディングオベーションの多い人生を送ってきました。
ビールおかわり
ずっと富士山だと思っていた。
ビールおかわり
「全略」で始まる達筆な詫び状であった。
紀野珍
耳の灼熱。股の湿潤。
suzukishika
私の一口だけひどくギザギザだ。
xissa
すると少女は赤面し、俯いたまま、ポケットから取り出した手投弾のピンを抜いた。
ベーヤン
秘書の香水を悪戯に、首元にかけていると、社長室のドアが静かに開いた。
ボーフラ
無銭飲食で追放されて初めて、アダムとイヴは恥を意識した。
あつし
恥ずかしながら、引越しバイトの途中で帰って参りました。
たこフェリー
肥料袋でスキー場にやってきたのは我が校だけだった。
山本ゆうご
その謎のボッキ集団の中には弟の姿があった。
Dぽん
旅の恥は旅館の屑籠から溢れていた。
名前は「ナイ」
初めて家に上げた女の子は、俺が自ら新連載と謳った大学ノートの束を熟読している。
プレミアムバザー高田
街中の社会の窓が開いている。そっと自分のチャックを下げた。
流し目髑髏
お義母さんは、豊満な肉体を安タオルで小さく隠し隠し、"女湯"の暖簾を出て行った。
13時の母
留守電に入っていた知らない誰かが、知らない誰かを祝福するメッセージが、私を含んだ三人分、照れくさくさせた。
人が生きてる
椅子取りゲームで最後の1つを小学生男子と争って優勝してしまった。
仙きち
卒業アルバムに火を付けた。
kjm
採用作を読み返し、つくづく恥とは喜怒哀楽あらゆる感情がミックスしたものだと感じた。その配合、割合は違えど恥はそれゆえ最も人間的な感情ではなかろうか。また恥の感情は他人に向けられるものではなく、概ね自分に向けられる。己に向かった行き場の感情はときに布団を被っての大声になり、不意に椅子から立ち上がる原動力となる。もしこの力を電力に変えられればエネルギー問題も即解決できるのではないだろうか。 印象に残った作品をいくつか。正夢の3人目氏、はにかむ巨人というビジュアルが読み手を得も言われぬ気分にさせる。進撃の巨人と重なってグロかわいい絵が浮かんだ。g-udon氏の天使、童貞が死ぬと天使になるという都市伝説を連想させる。たしかに恥が極まった悟りの境地は人を優しくさせる。ビールおかわり氏、フライングスタンディングオベーションという造語がいい。ナイスネーミング。suzukishika氏の耳の灼熱、氏の本業コピライターの才能が発揮された作品。かっこいい(でも恥ずかしい)写真を使ったポスターにしたい。Dぽん氏の謎のボッキ集団。なんだろうこのいたたまれなさは。思春期の恥ずかしさを凝縮した味わいがあった。

それでは次回のモチーフを発表する。
次回モチーフ
「渡辺」
お待たせ名字シリーズ第二弾!前回の「吉田」に続き、今回は「渡辺」です。ネットで見たところ多い名字ランキングでは7位らしいです。「~君」「~さん」「~氏」など敬称は自由、ただし名前はつけないでください。前回の「吉田」は素朴な男性キャラに仕立てたもの多かったですが、今回はどんな渡辺像が集まるでしょうか。楽しみです。

締め切りは6月19日正午、発表は6月21を予定しています。下記の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択しご応募ください。力作待っています!
最終選考通過者

ふじーよしたか/うにねこ/小夜子/ハナグマ/にら将軍ハルナ/群/ぷにくさん/柴咲ハコ/メガニ/ミハル/kai /有坂/キンゴロー/町田ユカリ/
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