おいしい?それとも下品?
その本によると、「ナマズはかつてカマボコの材料にする高級魚だった」とされている。
なんでも、今からおよそ500年前の「宗五大草紙」という書物にかまぼこの材料はナマズであったと書かれていたのだとか。
ナマズのかまぼこなんて、現代ではまず売られていないよな。
かまぼこらしき食品は平安時代からあったらしいが、その材料について記されたのは、これが初めてのことのようだ。
ちなみに、現代人が「かまぼこ」と聞いてイメージするような板付きかまぼこはわりと最近登場したもので、ナマズを用いた元祖かまぼこは焼きちくわだったという。
しかし、蒲鉾本舗
丸濱の「かまぼこ豆知識」によると、1697年に書かれた文献ではナマズの蒲鉾は下品なものとして扱われていたらしい。
例の雑学本は、当時のかまぼこといえば高級品で、その材料なんだからナマズも高級魚だ!という論調であった。しかし、老舗かまぼこ店などが公表している資料でよくよく調べてみると、17世紀末には「海の白身魚を使ったかまぼこが高級で、ナマズ製やサメ製は下品!」
という風潮があったという。
おい、ナマズ。お前、下品とか言われてるぞ。
泥抜きしてすり身に
まあ、下品とされている食品にも、ジャンクなおいしさがあったりするものだ。
なんにせよ自分で再現して確かめてみなければ。
ナマズの捕獲はルアーを使った釣りが一番簡単だ。
そうと決まればまずはナマズを獲る。ナマズは田んぼの用水路や町中の川など、人の暮らしに密着した水辺にもたくさん生息している。
かまぼこを作り始めた当時の人々にとっても入手しやすかったことだろう。
ナマズは動くものなら何にでもとりあえず食いつくので、針を着けた木片やコーヒースプーンでも釣れる。あー、そういうとこは下品かもね。
捕まえたナマズはすぐには調理せず、綺麗な水を張った生簀でしばらく泥抜きをする。こうすることで臭みを抜いてやるのだ。
生簀。この写真だと濁っているけど、実際はちゃんと綺麗な水で泥抜きしたよ。
本来はこの工程に10日以上かけるべきらしいのだが、今回は時間が無かったので1週間しか費やせなかった。でもまあやらないよりはマシだろう。
いよいよ三枚におろし、すり身にしていく。
ぬめりを徹底的に落としてから捌いていきます。
黒くぬるっとした姿は人によってはグロテスクに思うかもしれない。だが、いざ包丁を入れてみると、その肉はほんのりピンク色を帯びた白身。なかなかおいしそうだ。
皮を剥いでしまえばナマズとはわからないだろう。
すり潰す前に、いったん細かく刻んで氷水にさらす。こうすると余分な血や脂が洗われて臭みやクセがなくなるのだとか。
ナマズの肉には若干、独特の臭いがある。
確かに、このナマズの肉は泥抜きが甘かったせいか少し臭う。アナゴやウナギのようでもあり、コイやフナのようでもあるが、どれとも違う独特のにおいだ。
ナマズと並んでサメも蒲鉾材料としては下品とされていたが、もしかすると単に臭みのある魚が嫌われるという話なのだろうか。
氷水にさらすと、少し油が浮く。ウナギほどではないが、川魚にしては脂の乗りがいい方かもしれない。
最後に塩を加えてフードプロセッサーにかけたらすり身の出来上がり。昔の蒲鉾職人は汗を流しながらすり鉢でこの作業をこなしていたのだろう。昔の蒲鉾職人もフードプロセッサーを発明した人も偉い。
すり身、完成!
今回はあくまで最初期のかまぼこの再現なので、すり身は蒸さずに竹に塗って焼き、ちくわにする。
確かにガマの穂みたいだ
この姿が蒲(ガマ)の穂に似ていたことから、「蒲鉾(かまぼこ)」と呼ばれるようになったのだという。
つまり、今となっては板付きかまぼこにその名を奪われたちくわこそがかまぼこオブかまぼこだったのだ。食べ物に歴史ありだ。
さあ、あとは焼き色がつくまでじっくりあぶれば、ナマズかまぼこの完成である。
が、いい機会なのでもう一つ試したいことがある。
アメリカナマズ。こいつもかまぼこにしてみたい。
かまぼこが誕生した当時の日本には存在しなかった別種のナマズである「アメリカナマズ」。
北米から食用目的で持ち込まれ、近年では関東を中心にあちこちの川で増えている外来魚である。このナマズもかまぼこにしてみたらどうだろうか。
のっぺりした日本のナマズと違い、水中をびゅんびゅん泳ぎ回るのに適した体型。当然、肉質も味も違うはずだ。
アメリカナマズは僕も以前に何度か食べたことがあるが、とてもおいしく、味は海の白身魚に通じるものがある。そんな経験から、日本のナマズよりもかまぼこに適しているのはこちらではないかと思い立ったのだ。まあ、興味本位というやつである。
ただ、残念ながらも幸いなことに、僕が今住んでいる長崎県にはアメリカナマズは生息していない。というわけで今回は仕方なく切り身を購入した。
アメリカナマズは原産地ではフィッシュフライの材料として大量に漁獲あるいは養殖されており、日本でも流通しているのだ。
とても綺麗な身。おいしそう。
ナマズと同じ工程ですり身にしていくが、見た目も臭いも、何から何まで日本のナマズとは少しずつ違う。
肉は柔らかく、切りやすい。
日本のナマズより身がみずみずしく感じられるし、臭みもまったく無い。まあ、このアメリカナマズは養殖物なので、においに関してはあまり参考にならないかもしれないが。
ナマズよりも身色が淡く、透明感がある。
フードプロセッサーにかけていても、アメリカナマズの方が粘りも強く、なめらかでまとまりやすい。
以上で2種のナマズのすり身が用意できた。
さらにナマズのかまぼこが本当に「下品」な味なのか見極めるため、比較用に高級かまぼこの材料であるアマダイのすり身も用意。
僕の住む長崎はすり身製品の名産地でもあり、生のすり身がスーパーの鮮魚コーナーに並ぶほど。
ただし、この市販のすり身にはナマズすり身に使用しなかった調味料やつなぎの卵白が入っている。これはずるい。あくまで参考程度の比較にしかならないかもしれない。
日本のナマズは色が濃い
ナマズ、アメリカナマズ、そしてアマダイのすり身を竹に塗って焼いていく。正直に言うと、調理を始めるまでは「すり身にすればどんな魚も一緒だろう」と思っていたのだが、この段階で比べると、見た目だけでもかなり違う。
ナマズ。魚肉ソーセージのような色合い
日本のナマズは赤みが強く、竹に塗ると魚肉ソーセージのように見える。黄色い脂肪のかけらも目立つ。
アメリカナマズ。
アメリカナマズはナマズより色が淡く、鶏肉のつみれのようである。こっちの方がおいしそうかな。
参考までに市販のアマダイすり身。
比較用のアマダイさすがに筋がきれいに取り除かれていてきめが細かい。卵白がつなぎに使われているためか、とびぬけて白い。すごく綺麗だ。
丁寧に処理・調理されている市販品と比べること自体が間違いなのだが、それでもこのオーラはすごい。絶対うまいに決まってる。
アマダイ>アメリカナマズ>日本のナマズ
すり身をコンロの上で竹を回しながらじっくり焼き上げれば、かまぼこの原点たるナマズちくわの完成である。
焼き上がった直後は焼き目がついてパンパンに膨らみ、まさにガマの穂のよう。
見た目はごく普通のちくわだが、味はどうだろうか。アメリカナマズとアマダイのすり身も同様に焼き上げ、食べ比べてみる。
左から順にナマズ、アメリカナマズ、アマダイのちくわ。冷めると縮んでしわが寄る。
パッと見比べた感じでは外見に大差は無いようだ。だが、輪切りにすると…。
断面。左から順にナマズ、アメリカナマズ、アマダイ。
日本のナマズ製のものだけ明らかに断面の色が違う。イワシのつみれのようにやや灰色がかっているのだ。すり身の段階でも赤みが強かったので、こうなるだろうと想像してはいたが。
まあ、見た目に関しては一歩遅れを取った感のあるジャパニーズナマズだが、肝心なのは味である。早速食べてみよう。
いただきます!
まずは日本のナマズから口に運ぶ。ぷりぷりとした触感は本格的なちくわのそれだが…。
おっ、ちょっと臭うぞ。
味は悪くない。だが気になるのは、口の中にほんのりと、だが確かに広がるナマズ臭。「下品」と評されるのもわかる。
やはり1週間では泥抜きが足りなかったのかとも思ったが、これはもっと根本的な問題である気がする。以前、しっかり泥抜きされたナマズを使った蒲焼を食べた時も、このにおいを確かに感じた。ただ、同じにおいでもその時はほとんど気にならなかった。かば焼きという調理法がナマズにマッチしていたからだろう。
素材の味がダイレクトに活きるかまぼこ(ちくわ)にはベストマッチとは言い難いのではないか。
では臭みの少ないアメリカナマズはどうだろう。
アメリカナマズとアマダイはおいしい。
こちらはクセが無くとてもおいしい。明らかに日本のナマズよりもかまぼこに向いている。アメリカナマズはフライにしても美味しい魚だし、食材としてはかなり優秀なようだ。
アマダイはもう言うまでもなく美味い。順位をつけるなら1位アマダイ、2位アメリカナマズ、3位ナマズの順である。
かまぼこにするしかなかった?
味に関してはちょっと残念だったが、蒲鉾の原点を再現し、味わえたのは良い経験だった。
今回の結果を踏まえて考えると、ナマズがかまぼこの材料に抜擢され、間もなくその役目を追われたのは自然な流れだったのかもしれない。
きっと、入手しやすいけれどにおいが気なるナマズを食べるため、苦肉の策として生まれたのが調味、消臭しやすいかまぼこだったのではないか。そしてかまぼこという調理法がナマズを置き去りにする形でより美味しく発展し、クセの無い海の魚が使われるようなったのではないか。…などと勝手に想像しております。
今回参考にしたのはこの本。もう絶版だけど、おもしろいネタがたくさん載ってた。