特集 2014年4月29日

深海魚「サケガシラ」を食べる

サケガシラってこんな魚。
サケガシラってこんな魚。
浜に打ちあがったり定置網に入り込んだりしてしばしば話題になる「サケガシラ」という深海魚がいる。銀色のボディーと赤いヒレが特徴的な、リュウグウノツカイに似たかっこいい魚である。
もはやニュース番組や新聞では馴染みの顔だが、ぜひ生で見てみたい。触ってみたい。食べてみたい。
と言うわけで釣り船をチャーターした。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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ホタルイカを追って浮上する?

先述の通りサケガシラは概ね深海で暮らしている魚なのだが、日本海沿岸では春になるとやや浅い場所でも姿を見せるようになるという。どうやら、産卵のために接岸するホタルイカや甲殻類などの餌を追いかけて浮上しているようだ。
3月、早朝の富山湾。言うまでもなく寒い。
3月、早朝の富山湾。言うまでもなく寒い。
富山に住む魚好きの友人から、富山湾には過去に何度かサケガシラを釣り上げている釣り船があるという情報を聞きつけた。富山湾と言えば岸を離れるとすぐさま水深が数百メートルまで落ち込む特殊な地形の湾で、日本海側では最も深海へアクセスしやすいエリアである。
まだすぐそこに岸が見えているが、既に水深は数百メートル。
まだすぐそこに岸が見えているが、既に水深は数百メートル。
しかも、春の富山湾と言えば「ホタルイカの身投げ」で有名だ(ホタルイカの身投げについてはこちらの記事をどうぞ。ホタルイカがたくさんいるということは、それを食べるサケガシラもたくさん寄ってきているということ。うむ、捕まえたいならここを舞台にしない手はないだろう。
夜の港で掬ったホタルイカ。サケガシラ釣りの餌ももちろんこれ。
夜の港で掬ったホタルイカ。サケガシラ釣りの餌ももちろんこれ。
さっそく件の釣り船を予約し、富山へ向かう。ホタルイカが採れているという情報も確認できた。
一般人がサケガシラを狙って釣り上げたという話はほとんど聞かない。だが今回は時季もピッタリだし、お世話になる船は過去に実績がある。これはひょっとするかもしれない。
船体には「挑・深海」のステッカー。頼もしい!
船体には「挑・深海」のステッカー。頼もしい!
が、やはりと言うべきか、いざ出船すると一向に釣れない。何度か何者かがエサを突く反応はあったのだが、ハリには掛からないのでその正体がわからない。
まあ、そんなに簡単にはいかないよね。ちなみに今季はなんだかんだで計5回出船したが、サケガシラの顔は拝めずに終わった。
まあ、そんなに簡単にはいかないよね。ちなみに今季はなんだかんだで計5回出船したが、サケガシラの顔は拝めずに終わった。
結局空振り三振で港に帰ることになったのだが、ここで船長から素敵な情報を聞くことができた。
「ここんとこ毎日、刺し網には掛かっとるみたいだけどね。サケガシラ。」
毎日!?
「刺し網に掛かってもどうせ売り物にはならんはずだから、漁師さんに頼んで貰ってきてやろうか?」
ぜひ!お願いします!!

サケガシラ(漁師さんと船長経由で)ゲット!

後日、船長からサケガシラ確保の報を受けてワクワクしながら港へ向かう。本当にこんなに簡単にサケガシラが手に入るのだろうか。
はい、手に入りましたー!
はい、手に入りましたー!
船の傍らに無造作に置かれたクーラーボックスを開けると、中には巨大なタチウオのような魚が。サケガシラだ!しかも二尾も!水揚げされたばかりで超新鮮。
しかもでっかい!嬉しい!
しかもでっかい!嬉しい!
欲を言えば生きている姿も見てみたかったが、これはこれで十分に大きな収穫だ。
これだけ新鮮なら食べることもできるぞ!
なぜか生きたアンコウまでもらってしまった。かっこいい。
なぜか生きたアンコウまでもらってしまった。かっこいい。
その後もなんやかんやあって、二尾のサケガシラとなぜくれたのかわからないがアンコウ一尾を追加で手に入れることができた。あっという間に労せずして手元に四本の大型深海魚が揃ってしまった。
たくさん集まったので三本は魚好きの友人らに分け、一尾のみを持ち帰って試食することにした。
さらに二尾追加!食べきれない!
さらに二尾追加!食べきれない!
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実はたいして珍しい魚じゃないらしい

こんなにイージーに手に入るもんなのか、サケガシラ。毎日獲れるとか言っていたが、それならよくメディアで「サケガシラという珍しい深海魚が~」とか「天変地異の前触れでは~」とか言っているのは何だったのか。

漁師さんらにその辺りについて聞いてみると、「毎年、ホタルイカやシロエビが岸に寄るこの時期になるとよく獲れる。しょっちゅう定置網や刺し網に掛かるが、売り物になる魚ではなく処分されてしまうので人目に付かないのだろう。富山湾ではそんなに珍しいものではない。」とのことであった。

なるほど、僕は釣れなかったが漁師さんたちにとっては見飽きた魚らしい。最近やたらと浜に打ち上げられたり定置網に入り込んだりした深海生物が取りざたされるのも、NHKのダイオウイカに端を発する深海ブームの影響が多分にあるのだろう。従来は人知れずスルーされていた深海生物の漂着にここぞとばかりにスポットライトが当てられてまくっているのかもしれない。

調理!の前にちょっと観察。

さあ、いろいろな方の協力のおかげで手に入れることができたサケガシラ。いざ試食…の前に、せっかくなのでちょっと観察してみよう。
時間が経って色があせてしまった。
時間が経って色があせてしまった。
同じくアカマンボウ目に属すリュウグウノツカイによく似た印象だが、各ヒレはあんなに伸長せずコンパクトにまとまっている。こう言うとサケガシラさんに失礼だが、廉価版リュウグウノツカイといった感じである。
体表は小さな突起に覆われてぶつぶつ。特にお腹側の突起が大きい。
体表は小さな突起に覆われてぶつぶつ。特にお腹側の突起が大きい。
申し訳程度にちょこんとついている尾ビレ。
申し訳程度にちょこんとついている尾ビレ。
サケガシラの顔。瞳が猫のように細いのが印象的。
サケガシラの顔。瞳が猫のように細いのが印象的。
よく見ると顔立ちもリュウグウノツカイとはけっこう違う。眼が大きく、瞳が猫のように細い(リュウグウノツカイの瞳は丸い)。深場にいるときは大きく丸く広がるのかもしれないが。
口が伸びる!
口が伸びる!
もう一つ、東部に大きな特徴がある。口がにょーんと伸びるのだ。にょーんと。
にょーん。
にょーん。
浅場の魚で言うとヒイラギやマトウダイにも見られるギミックだ。この口で漂うイカや小魚をついばんでいるのだろう。
意外だったのが、小さいながらも牙が生えていたこと。
意外だったのが、小さいながらも牙が生えていたこと。
小さな牙も生えている。これはリュウグウノツカイには無い特長らしい。リュウグウノツカイが主にオキアミのような小型プランクトンを食べているのに対して、サケガシラはもう少し大きくて活発な餌を摂るので、そういった食性が反映されているのかもしれない。

「鮭頭」?「裂け頭」?

ところで、サケガシラという奇妙な名前の由来には諸説あるようだ。
まず額の辺りに溝のような切れ込みがあることから「裂け頭」となったという説がある。
普段は別に裂けているようには見えないが…
普段は別に裂けているようには見えないが…
口を伸ばすと額に収まっていた骨がスライドして
口を伸ばすと額に収まっていた骨がスライドして
溝が現れる。
溝が現れる。
他方で北米等にはサケガシラによく似た近縁の魚がいて、その魚が近海で獲れはじめるとそれに続いてサケの群れが河川を目指して外洋から大挙して接岸してくる。

そのためその魚にはキングサーモンならぬ「キングオブザサーモン」という名前がつけられている。意訳すると「サケの頭領」すなわち「鮭頭」とすることができる。

そのエピソード日本に伝わり(あるいは類似の話が日本でも発生し)、姿かたちのよく似たあの魚に「サケガシラ」の名がついたと見るほうが自然だし、無理がないと個人的には思うのだがどうだろうか。
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身はおいしそう

身は真っ白
身は真っ白
まあ、そういう話は置いておこう。観察はこれくらいにして身をおろしていく。乳白色に濁った柔らかい身はいかにも深海魚らしい。一方で銀色の皮は意外と厚く固く、やや捌きにくかった。骨も柔らかく、小さな包丁でもサクサクと断つことができた。
肝は大きく脂っこい。触ると指がヌメヌメになる。色はサウザンアイランドドレッシングのよう。
肝は大きく脂っこい。触ると指がヌメヌメになる。色はサウザンアイランドドレッシングのよう。
消化管からはホタルイカが数匹出てきた。やはり今の時期の主食はこれだったのだ。
消化管からはホタルイカが数匹出てきた。やはり今の時期の主食はこれだったのだ。

試食!水っぽい!

そういえば先日、Twitterでリュウグウノツカイの試食レポートが大きな話題を呼んだ。それによるとリュウグウノツカイはなかなかおいしかったようだが、こちらはどうだろうか。手始めに刺身と塩焼きで試してみよう。
まずは刺身!
まずは刺身!
刺身は一見するとタチウオのそれに見える。
しかしよくよく見ると皮がブツブツで厚く、身の色も違う。
そして、身はやたら柔らかいくせに皮はやたらしっかりしているので薄切りにするのがとても難しい。
 いただきまーす
いただきまーす
見た目はさほど悪くない。では肝心の味はどうか。
うーむ…。
うーむ…。
味自体はマズくない。脂もある程度乗っているし、旨みもある。
だがいかんせん水っぽすぎる。
一言で表すなら「ゆるい」。
また、一緒に試食した友人曰く「食感はタコの皮の裏のにゅるにゅるした部分みたい」とのこと。なるほど、的を射ているかもしれない。

刺身がこれでは嫌な予感しかしないが、とりあえず塩焼きにもしてみよう。
サケガシラの塩焼き。やっぱりぱっと見はタチウオっぽい。
サケガシラの塩焼き。やっぱりぱっと見はタチウオっぽい。
面白いことに、焼くとタラに近い味わいになった。ただし、やはり案の定水っぽくて身が柔らかすぎる。

刺身と塩焼きは正直言って「まあ食べられないことはない」という程度の味である。
漁師さんが海に帰すのも納得だ。他にもっとおいしい魚はいくらでもいるのだから。

しかし、いまいちパッとしない理由はわかった。ひとえに水気の多さゆえの身のゆるさが問題なのだ。工夫次第でこの点さえなんとかすれば、ある程度おいしく食べることはできそうだ。
水っぽい深海魚といえばこのミズウオ。
水っぽい深海魚といえばこのミズウオ。
以前、やはり身が水っぽいミズウオという深海魚を食べたことがある。

その時は試行錯誤した挙句、あえて長めに煮て身を固く締めることで問題を解消した。
今回もそれに倣って身を引き締めることにしよう。
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一晩干すとペラペラに!

おいしくなーれ。
おいしくなーれ。
魚肉の水を飛ばすといえば、まず思いつくのが一夜干し。そのままでは身が柔らかすぎるカマスなどの魚も身がしまる上に旨味が強くなる。これはサケガシラにも通用するのではないか。

というわけで干し網に切り身を入れ、一晩干してみた。すると、うすうす予想はしてたけども驚くべき変化が!
もともと200グラムほどあった切り身が…
もともと200グラムほどあった切り身が…
一晩でたった70グラム程度に!
一晩でたった70グラム程度に!
紙みたいに。
紙みたいに。
ペラッペラになってる!
たった一晩干しただけで三分の一程度の減量に成功。それだけたくさんの水分が飛んだのだ。
そして、それでもなお身は十分しっとりしている。どんだけ水分多いんだ…。

だが、これで身の締まりと味の濃さは単純計算で3倍になった。
食味にも明らかな変化があるはずだ。炙って食べてみよう。
こんなに薄いのに、あんなに水気が飛んだのに、炙ってもなおしっとりしている。
こんなに薄いのに、あんなに水気が飛んだのに、炙ってもなおしっとりしている。
…おいしい!味濃い!締まってる!
…おいしい!味濃い!締まってる!
食感はあれだけ水分が飛んだとは思えないほど柔らかいが、そのまま焼いたものと比べると段違いにしっかりと締まった。もはや魚として違和感はない。
さらに特筆すべきは味だろう。旨味が強く、干し鱈やアタリメのような味わい。舌先にアミノ酸をバチバチと感じられる。
これはハッキリおいしいと言える。

やはり水を抜く作戦は正解らしい。次は干さずにそのまま煮込んで身を締めてみよう。
普通の煮付けよりも長めに煮てやるのだ。
見た目はおいしそうだ。
見た目はおいしそうだ。
いけるいける!
いけるいける!
やはり魚自体の味が濃く感じられておいしい。
身の固さはカレイの煮付けよりまだ若干柔らかいくらいか。
これも人に出せる程度には良い味だ。

さあ、これでサケガシラの味もおいしい食べ方もわかった。めでたしめでたしである。
と、ここで終わってもいいのだが、もうひとつオマケにあのやたら脂っこい肝も食べてみよう。
肝も煮付けで。普段、肝はよっぽどものしか食べないのだが、今回は滅多にない機会なのであえてチャレンジ。みんなはマネしないでね。
肝も煮付けで。普段、肝はよっぽどものしか食べないのだが、今回は滅多にない機会なのであえてチャレンジ。みんなはマネしないでね。
料理法はやはり煮付けにするが、さすがに鮮度が気になるので臭い消しのためにショウガをより強めに効かせた。

煮ていると内部から油が染み出してくる。この油の色が面白い。薄くピンクがかった橙色、薄いラー油というかファイブミニみたいな色なのだ。

俺、今からこれ食うのか。
意外とうまい!けど濃い!!
意外とうまい!けど濃い!!
恐る恐る口に運ぶと、こってりと濃厚でなかなかに美味。脂っこさは伊達じゃない。酒によく合いそうだ。

ショウガのおかげか、臭みもあまり気にならない。
ただし、味が強すぎてあまりまとまった量は食べられない。チビチビつついていたらすぐに満足してしまった。
身は水っぽくて薄味、肝は脂っこくて濃厚。もうちょっとバランス取れなかったのか。

もっともっと新鮮なうちに肝を採れれば、マンボウのように肝和えにしてもおいしく食べられるかもしれない。
ちなみに今回は取材中に同様の内容でテレビ番組の取材も入った。これは共演の方が作ってくれた深海生物丼。サケガシラの他にオオグソクムシとヌタウナギ、それからホタルイカが乗っている。
ちなみに今回は取材中に同様の内容でテレビ番組の取材も入った。これは共演の方が作ってくれた深海生物丼。サケガシラの他にオオグソクムシとヌタウナギ、それからホタルイカが乗っている。

次こそは生きてるサケガシラを!

今回、釣り船の船長や漁師さんの協力のおかげで憧れのサケガシラを丸ごと捌き、食べることができた。貴重な体験だ。

次回こそは、ぜひ元気に泳いでいる姿を見てみたいものだ。

取材協力
スポーツフィッシングボート ドリームワン
釣りの後は夜の港でホタルイカを掬い、沖漬にして食べた。最高にうまかった。
釣りの後は夜の港でホタルイカを掬い、沖漬にして食べた。最高にうまかった。
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