特集 2014年1月29日

熊に襲われた時の対処法をマタギだった人にきく

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好奇心だけで話を聞きに行きました!
知人のお父さんが、青森でマタギをしているらしい。

マタギってあの山で熊とか撃って暮らしてるマタギ? すげー。ぜひ話をきいてみたい。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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わりと軽い気持ちでお願いした

マタギって猟をするときに毛むくじゃらのベストとか着てるのかしら? とか、しとめた熊はどうしてるの? みたいな下世話な興味は尽きない。

とくに我々が山で熊に出会った場合、どうしたらいいのか? も聞いてみたい。

「死んだふりをするのがいい」というのは実はダメで「目を逸らさずに後退りしろ」とか、「熊よけの鈴がいい」とか「実は死んだふりが広まった根拠がある」みたいな話も聞いたことがあるような、ないような。その辺どうなのか?

と、軽い気持ちで聞こうと思っていた……。

事前に話を聞いてビビる

知人に連絡し、取材の了解を貰うことができた。

そこで話を聞くにあたって、どんな感じのひとなのか、取材の2日前に知人に会い、事前に話を聞いてみた。

知人は、申し訳無さそうにこう言う。

「去年熊に襲われてケガしてからちょっと元気がないんですよ」

え……。

昨年の秋、請け負った森林管理署の仕事で山に入ったとき、息子さん(知人の弟さん)と一緒にいたところを熊に襲われてけっこう大きなケガをし、入院していたのだという。

こ、これは……ぼくみたいな中途半端なライターが興味本位で話を聞きに行っていいのだろうか? そもそも、よく取材了承してくれたな、など様々な思いがうずまく。

思わず、その足で書店に向かい、なるべくまじめにマタギを取り上げた書籍を一冊購入し、少しでも予習してから行こうと思ってあわてて読みはじめた。
むずかしい漢字の本
むずかしい漢字の本
しかし、間に合うはずもなく、取材の日を迎えることになってしまった。仕方がない、ここはもう素直に話を聞くしかない。なるようになれ。

マタギとしては名乗ってない

知人の実家がある青森県の鰺ヶ沢町にやってきた。
完全に及び腰のわたくし
完全に及び腰のわたくし
駅からさらに車で山奥に入ったところまで行かねばならない。この日は、知人の弟さんがわざわざ車で迎えに着てくれた。
雪すごい
雪すごい
駅から車で数十分。赤石川の谷間を山に向かってさかのぼると、マタギの吉川さんのお宅に到着した。
「マタギ」だったという吉川さん
「マタギ」だったという吉川さん
知人のお父さん、吉川隆さんは15歳から山に入ってマタギとして仕事をはじめ、現在は「熊の湯温泉」という旅館を経営している。

突然、お宅におじゃました我々をこころよく迎え入れてくださった吉川さんだったが、さすが眼光は鋭い。

ーーマタギをされておられると聞いてうかがったんですが……。
「いまやってないよ」

え? と思ったのだが、話をよく聞いてみるとこういうことだ。

吉川さんは代々マタギを生業にする家系に生まれ、弘西山地(白神山地)で熊猟をして生活してきた。

しかし、弘西山地に林道を作る計画が持ち上がったさい、マタギの人たちはその反対運動に協力し林道計画を中止にまで追い込み、さらに弘西山地を「白神山地」と名付け、世界遺産指定まで持っていった。

ところが、世界遺産に指定されると、今度は一律に禁猟区が設定され、自由に猟ができなくなってしまった。
見せていただいた資料に載っていた昭和初期のマタギの人々
見せていただいた資料に載っていた昭和初期のマタギの人々
そのため、たくさんいたマタギの人たちは次々に辞めていき、今やもうマタギと名乗れるような人は残っていないのだという。

「昔話でもほら、おじいさんは山へ柴刈りにっていうでしょ、あれはただ燃料をとりに行ってるんじゃない、山の手入れをしにいってるってことなんです」

「山はちゃんと手入れしないと荒れてしまう、みんな、立入禁止にして手を付けないのが環境保護だと勘違いしてる。でも、それは違う」

……これはとても「たのしいよみものサイト」の記事とは思えないドキュメンタリーな話になってきた。やばい。

「毛むくじゃらな服着て猟したりしないんですか?」なんてとてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃない……どうしたものか。
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でも聞いた

しかし、せっかく取材しに青森の鰺ヶ沢まできたので、こちら側からの質問もしないと、ライターの名折れだ。

ーーわれわれは普通マタギと聞くと、映画だとか小説のイメージを抱きがちなんですけども、今はどんな格好で猟に出かけるんでしょう?

「どんな格好って普通ですよ。ほれ、こんなの」

といって吉川さんは大きなパネルの写真を見せてくれた。
佐倉の国立歴史民族博物館の写真
佐倉の国立歴史民族博物館の写真
ーーこれって博物館の写真ですか?
「千葉の国立歴史民族博物館のマタギに関する展示で展示されてるマタギの人形、これは私がモデルになっとるんです」

ーーへぇすごい! 写真をみると、普通のハンターと格好はそんなに違わないですね。
「昔みたいに山に何日もこもって猟をするなんてことはなくなったから、朝出かけて夜帰ってくる、だからそんなに変わった格好してるわけじゃない」
昔のマタギは毛皮を着てた。ちなみに左の写真の人が吉川さんのお父さんだ。
昔のマタギは毛皮を着てた。ちなみに左の写真の人が吉川さんのお父さんだ。
ーー今は、ぼくらがイメージするような毛皮の防寒着を着たりしてるわけじゃないんですね。
「今のマタギそういうのは着ない、最高のゴアテックス着てるから」

吉川さんの口からでたゴアテックスという言葉にはっとさせられる。マタギという言葉のイメージだけで古い妄想をしがちな貧困な想像力に喝を入れられた気分だ。

1日で9頭仕留めたことも

ーー熊は1年でどれぐらい獲れるんですか?
「むかしは一日に9頭とか獲ったこともあったけど、最近は1年に1頭ぐらいのものかな?」

一日で9頭。山に入るとそんなに熊と遭遇するのかと素直に驚いてしまう。町で見かけるスジャータのトラックなみの遭遇率ではないか?

話を聞くと、昔は二人でチームを組んで猟を行っていたのでそれぐらいとれることもあったという。

仕留めた熊は古式に則り「ケボカイの儀式」という儀式をとり行い、山の神に感謝し、クマの霊を慰めたのち、その場で解体し、肉や皮を一緒に猟に出た仲間や猟犬の分まで平等に分けるのだという。

このような公平な分配を「マタギ勘定」というらしい。割り勘の真逆である。

ーー肉や皮を売るようなことはないんですか?
「肉は売りません、売り買いするほど獲らないって決まりがあるんです。ただ、欲しいと言う方がいれば譲りますが……売るのは熊の胆と皮。皮は7、8万からいいやつは14、5万ぐらいかな」
熊の胆
熊の胆
吉川さんが熊の胆をみせてくれた。手のひらより一回り小さくて軽い。この熊の胆は金と同じ値段で取引されるといわれる。
ちなみに、この大きさと重さで10万円ぐらいの価値があるらしい。

肉はどうなるのか

しかし、気になるの熊肉の行く末だ。

ーー仕留めた熊の肉ってどうするんですか?
「最初に撃った熊の肉は村の決まりで、みんなで集まって味噌煮にして食べることになってるんです」

ーーじっさい、味の方はどうなんでしょう?
「うちらがお客様に出したものはマズいっていわれたことはないです」

ーーそれは旅館で出される?
「そうです、頼まれれば出します。熊肉は固いとかクセがあるというようなことをいう人がいますが、うちで出す熊汁はじっくり煮込みますから、柔らかいですし、クセもそんなに気にならないですね」
吉川さん経営の「熊の湯温泉」残念ながら冬季は休業中である
吉川さん経営の「熊の湯温泉」残念ながら冬季は休業中である
非常に残念なことに、熊の湯温泉は夏季だけの営業のため、熊汁を食べてみることはかなわなかった……。
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マタギの「タテ」をみせてもらう

ーーマタギが獲るのは熊だけなんですか?
「マタギは基本的にシシしか獲らないんです、シシってマタギの言葉で熊のことなんですけど、人間より大きなものはみんなシシっていうんです。熊はいちばん強いから「シシ」カモシカは「アオシシ」で、このへんはイノシシは出ないので獲らないです」

ーーマタギ言葉ってあるんですね
「里言葉と違って、山に入るとマタギの言葉しか使わない、そういういろんな決まりを持ってやるのがマタギなんですよ」

そういうと吉川さんはおもむろに立ち上がり、部屋の奥からごつい棒をもってきた。
見た目でずっしりしてるゴツイ槍
見た目でずっしりしてるゴツイ槍
吉川家に代々伝わるマタギの槍
吉川家に代々伝わるマタギの槍
ーーこれ、槍ですよね。
「そう、だけどマタギの言葉ではタテっていう、ヤのつく言葉は使わないことになってるから、山の神に敬意を表して」

へ~である。しかし「ヤカン」はどう言うんですか? ということをうっかり聞き忘れてしまった。

古来、まだ銃がなかった時代のマタギはこの「タテ」のみで熊猟に出ていたらしい。

吉川さん自身もむかしはこの「タテ」と、村田銃という猟銃で猟に出ていたそうだ。

一番聞きたかったことを聞く

さて、ずいぶん和やかな雰囲気になってきた。(とぼくは思ってる)

冒頭にも書いた「熊に襲われたときの対処法」を思いきって聞いてみた。

ーーむかしから熊に襲われた時に……どうすればいいか? というと、やれ「死んだふりがいい」とか「いやそんなの効かない」といろいろありますけど……。
「(死んだふりが)まるっきり効かないということはないでしょう」

ーーえ! そうなんですか?
「命をとるまではいかないかもしれませんね、動かなくなると興味示さなくなりますから、引きずられて持ってかれてエサだと思って隠されるかもしれないですけど」

ーーそ、それはヤですね……あと熊よけの鈴とか、ラジオとかがいいってよく聞きますけども……。
「ラジオはいい、ラジオは5人6人団体でいるように聞こえるから、いい」
目はそんなに良くない(「熊鈴をクマにためす」より)
目はそんなに良くない(「熊鈴をクマにためす」より)
ーーたくさんいるように聞こえるからいいのか。耳がいいんですね
「耳はいい、鼻と耳がいいんです。その代わり目は悪い。森は低木が多くて視界を遮るものが多いから目がそんなによくないんです」

ーーやっぱり、逃げるとダメですか?
「逃げるとだめ、追ってきますから、まずは熊より大きくみせること、大声を出して必死に抵抗する、あとは、できれば木みたいな高いところに逃げる。熊も相手の強さを見て感じ取ってますから、、襲われるのはたいてい力のなさそうなお年寄りでしょう?」

あぁ、そうだ。そういえば熊に襲われたニュースってたいていお年寄りがやられてる。熊もあんな愛嬌のある顔してるくせにしたたかだ。熊の敬老意識の低さは振り込め詐欺犯人に勝るとも劣らない。

吉川さんは続ける。

「俺も去年、熊と格闘して顔面やられちゃったけど……いつもなら武器なくても、素手でもどうにかこうにか対処してたんだけど……トシだなって思ったね、6戦して2敗したな」

ーー2敗って、前にも襲われたことあるんですか?
「前はちょこっと噛まれたぐらいですんだけど、今回の熊は独特なやつだったな。完全に急所ねらいできたからな」

ーー気が立ってた?
「たぶん、熊には熊の都合があったんでしょう……だからって恨む気にもならないけど、今頃は人間に勝ったつもりになって山の中で冬眠してるかもしれない、春先にはカタキ討ちに行こうかなと思ってるけど」

ーーもし、また会ったら「あいつだ!」っていうふうにわかりますか?
「わかりますね、あいつは特徴的な顔をしてたから、キツネみたいに細い顔してたから」

事前に「熊に襲われてケガしてちょっと元気がない」なんて聞いてたので、ちゃんと話が聞けるかどうか心配してたけれど、杞憂だった。

カタキ討ちに行くなんて冗談(本気かもしれないけれど)が出るところを見るとまだまだ大丈夫なんじゃないかな。と思う。
「春先にはカタキとりに行く」
「春先にはカタキとりに行く」

うっかりミスしても死なない仕事でよかった

吉川さんはマタギの仕事を「危険だなんで思ったことない」という。子供の頃から山に親しみ、山とともに暮らしてきたからこそ言える重みのあるセリフだ。

よく「命のやりとりをしている」という言い方があるけれど、大げさすぎて今ひとつピンとこなかった。

しかし、本物の「タテ」や熊の胆を見せてもらって話を聞くことによって、あいまいなイメージしかなかったマタギが、文字通り「命のやりとりをしている」ひとつの仕事として明確に目の前に浮かび上がってきた。

熊に襲われて大ケガをしたものの、そんな熊を「恨む気にもならない」という吉川さんの姿にマタギとしての覚悟と諦観のようなものを感じた。

ぼくも、締め切り前日になって全く原稿が書けてないときに「覚悟と諦観」を感じることはあるが、たぶんそれとはステージが違うのだろう。

「うっかりミスしても人が死んだりはしない」という理由でライターになったぼくは、こういう「命のやりとりをしてる」仕事をみると本当に頭がさがる思いがする。
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